山中 俊治 リーディング・エッジ・デザイン 代表		新領域デザイン部門 部門長

何をもって新領域とするか

拡大し、曖昧になっていくデザインの領域に危惧を抱く思いは、審査委員の中にも少なくない。Gマークというすでに長い実績を持つ審査機構は、その伝統的枠組みを維持した方が社会的意義を持つのではないか。デザインの評価軸をむやみに多様化せず、狭義のデザイン、すなわち美的水準と快適性の評価を中心にした評価を目指すべきではないか。
だが、そういう思いがしばしば評価行動を保守的にさせる。そうした中で、あえて新領域という部門を設けることは実験的意味合いを持つ。すなわち、境界領域を浮き上がらせ、ラディカルな領土拡大を実行してみせることで、デザイナーのいるべき場所、行ってはいけない場所(そうした場所があるとすればだが)をはっきりさせる試みである。
アーティスト、ディーラー、エンジニア、ジャーナリストにデザイナーを加えた新領域デザイン部門の審査委員間の唯一の合意は、どこまで行けるか行ってみようという過激な思いだけであった。このような実験的評価は精密な評価を危うくさせるかもしれない。Gマーク自らの評価システムの限界(あるいは存在理由の終焉)を露呈する可能性もある。そうした危うい判断が議論の出発点となることを願い、甘んじて批判を待つものである。

審査概要

デザイン情報社会においては、基盤技術となるデータの形式や転送方式のクオリティーが、人々の快適性やアクセシビリティーを左右し、新たな市場を喚起する。従来は、密度と効率を重視して定められていたデータ・フォーマットは、今や人々の需要、欲望、嗜好を考慮せずに設計することはできなくなった。その意味で、情報フォーマットの開発はデザイナーの射程に入ってきたといえる。
今年度当部門で受賞した「i-mode」は、まさに情報フォーマット・デザインの商業的成功例である。「i-mode」の成功は、短い通信時間で大量の情報転送を可能にするパケット通信を採用したことによる。すなわち、ユーザーはメールをあらかじめ書いておいて、わずかな通話時間でこれを送ることができる。
収益性を悪化させるリスクを犯してまでこの利便性を提供したことが需要を喚起し、米国にも存在しなかったネット市場を切り開いた。携帯電話のインターフェイスを崩さないよう表現力とコンテンツを限定したことなども、潜在的利用者のライフスタイルを見抜いたデザインであったといえる。
一方、「i-mode」の決して直感的とは言えないインターフェイスは、多くの「使いこなせない人」を生み、アクセシビリティー上の問題を残した。にもかかわらず、このフォーマットの設計を表彰したのは、ここにデザインの新領域が出現したことを多くの人に伝えるためである。ここでなされたような情報フォーマットのデザインは、画面上の快適性などを中心に展開されてきた、視覚情報デザインの範疇を明らかに越えている。コンテンツとハードウェアのあり方を同時に俯瞰して、ユーザーベネフィットを予測するデザイン技術が早急に確立されることが要求されている。

バッドテイスト・グッドデザイン

グッドデザインという言葉には、モダンデザインの流れを汲む何かしら教条的な雰囲気が漂う。しかし、現代のデザインを語るとき、ストリートにおけるバッドテイストの隆盛にあらがうことは、もはや実際的ではない。新領域デザイン部門では、バッドテイストデザインについても一定の水準を見定めることを試みた。ストリートカルチャーが規範的価値の拒否から出発するものであるならば、これは本質的に矛盾する行為かもしれない。しかし、商品としての市場がある以上、デザイナーとユーザーの合意点は存在するはずであり、新領域デザイン部門としてはあえて「バッドテイストの正しいあり方」を提起したい。
本年度Gマークを受賞した「明和電機」ブランドの商品群のデザインは、実用性や快適性の尺度では測りようがない。しかし、彼らは、あからさまに不便さ、ばかばかしさ、あるいは生理的不安感をあえて明示することによって、工業製品としての完成度を維持している。すなわち「使えないこと」の魅力をユーザーとの間で合意するかぎり、壊れない、安全、安価などの工業品質は保たれている。この危うい調和を、先進性と捉えて評価した。このような商品にGマークがついた姿を市場に提示することは、決して「悪い冗談」ではなく、グッドデザインとは何かを問う問題提起であると理解されたい。

ビジネスメイキングとしてのデザイン

デザイナーの行為が単独製品の商品開発にとどまらず、ブランド戦略や企業戦略に及ぶことで大きな効果を持つことはすでに明白である。だが、商品に認定マークをつけるというところから出発しているため、従来のGマーク事業には、こうした戦略的デザインの貢献を明確に評価するシステムがなかった。
今年度はデザイン戦略の評価を積極的に試み、「無印良品」や「スターバックスコーヒー」のデザイン戦略の明快さと持続への努力、「エレファントデザイン」や「WiLLプロジェクト」のデザインビジネス上の新しい試みなどが評価された。
今年度の新領域デザイン部門では、システムや活動の受賞がかなりの点数にのぼった。これらの受賞対象にはマークを掲げる場所すらない場合が多い。モノから離れたコトの評価がなされた結果、商品にマークを貼るという制度の物理的限界が露呈した。受賞者が明快なベネフィットを得るには、強力なパブリシティーがサービスとして保証されなければならない。

科学技術とデザインの接点

高度に専門領域化した科学技術は、かつてのようには、アートとの接点を持ちにくくなっている。しかし、応用意図を明快に持っていない科学研究の現場にデザイナーが参画することは、研究の成果がいずれ人類の存続と快適な生活に結びついていくためのスタディとして重要である。このような視点で科学技術研究の事例に美的視点が持ち込まれた事例を評価した。名古屋大学や、科学技術振興事業団の研究成果は、デザイナーの挑戦すべき新領域として先駆的にグッドデザイン賞を授与するものである。

今後の課題

総じて新領域デザイン部門のGマークは、デザイナーの新活動領域に対する審査委員の予感を明示するために、その先駆的事例に賞を与えたものが多い。いずれの場合も比較できる事例が少なく、相対的にどこかで線を引くことができるほどの応募点数には至っていない。新領域デザイン部門という実験的試みが一定の水準と明快なデザインテリトリーを確立するには、さらに多くの応募を募ることが必要で、現状で評価されたものが将来もベストである可能性はむしろ薄いといってよい。このことについては、本年度新領域デザイン部門でベストとされ、大賞を受賞した「A-POC」も、昨年度の「AIBO」も例外ではないだろう。こうした危うさを引き受けたことが、Gマーク事業の変革への意思であると理解されんことを願う。