平成12年度「グッドデザイン賞(Gマーク制度)」は、4ヶ月間にわたる審査によって、審査対象2,212点の中から895点の「グッドデザイン賞」を、またその中から「金賞」「テーマ賞」などの特別賞計35点を選びました。
本年度は、昭和32年(1957年)に開始されたGマーク制度を21世紀へと引き継いでいく重要な年です。公益財団法人日本デザイン振興会では、平成10年(1998年)の制度「民営化」以後、時代変化に対応しうる魅力的な制度へと発展させるべく改善を重ねてきましたが、以下その方向性と今年度の改善と要点について若干述べるとともに、審査経緯と結果の概要を報告します。






Gマーク制度の初期的な課題は、産業へのデザイン導入を図ることにありました。制度発足以来様々な産業分野への働きかけを継続してきましたが、この結果90年代初頭には、消費財分野だけでなく、産業財や公共財などほとんど全ての工業製品分野へのデザイン導入は達成されたものと考えられます。我が国の企業とデザインは、商品づくりのデザインにおいては世界をリードするまで育ったと言えますが、この段階で日本のデザインにやや陰りが見え始めたようです。経済不況により新規開発に思うように着手できないことが最大の要因ですが、欧米が進める「グローバルスタンダード」が新たな障害として立ちはだかり始めたこと、また生活の意識の成熟によって、いわゆるマーケティング先導型デザインでは満足できない、という動向も現れ始めていました。
Gマークでは、こうした新しい動向を背景に、「日本のデザインを育て発展させる場づくり」という役割を自らに課しました。最初に着手したのは「グローバルスタンダード」への対応です。インタラクション、エコロジー、ユニバーサルという3つのテーマ賞を設定し、生活者中心、人間中心の商品づくりを訴求しました。さらにGマークを「デザインと社会とを結ぶ接点」と位置づけしなおし、民営化を期に受賞商品を生活者や販売サイドと直接と結びつけていく活動を積極的に展開しています。昨年度から提唱している「Good Design is Good Business.」というスローガンは、単にデザインの評価を行うだけでなく、その成果を活かし、生活者との直接的なコミュニケーションを求めていこうという姿勢を表したものです。
以上90年代のGマークは、新しいデザインの課題を提唱しつつ、生活者への新しいコミュニケーション回路作りを目標に活動してきました。





本年度は、上述のような活動目標をさらに実践するために、2つの制度改善を行っています。

1)新領域デザイン部門の設置

エコロジーなどへの対応だけでなく、システムやサービスの分野、あるいは地域らしさを確立しようとする傾向など、デザインへの期待が高まっている分野が拡大しています。 そこで、優れたデザインの事例をもって、デザインの期待とニーズを掘り起こしていくため、昨年度新設したテーマ分野の対象概念をさらに拡大し、新領域デザイン分野を設置しました。

2)ウェブを活用した応募、審査、情報提供

インターネットという新しいメディアは、様々な可能性に溢れています。Gマークでは、g-mark.orgというウェブを新設し、応募の段階からこのウェブへ情報を蓄積していただく方法を整えました。ウェブによる応募は全体の80%を越えましたが、この結果全ての応募対象情報がデータベース化され、審査の効率化を図られただけでなく、ウェブを通じた生活者へ向けての評価情報の提供など「Good Design is Good Business.」実現へ向けての下地を築くことができました。





本年度の審査は、以上のような改善点を加え、次のような手順で進めました。

1)応募

インターネットによるウェブ応募(4月10日から6月14日)と従来通りの応募用紙による応募(5月15日から5月26日)を併行して行い、2,016点の応募をいただきました。

2)1次審査

1次審査は、書類審査的な方法により商品デザインとしての妥当性をみる審査です。7月5日から21日まで約2週間にわたり各部門ごとに行いました。なお今年は、ウェブに蓄積された応募対象の情報を活用する在宅型の審査を実施することで、審査時間の拡大を図ることができました。

3)審査委員による推薦

この推薦は、グッドデザイン賞にふさわしい商品を審査委員自らの手によって発見し、審査の俎上に乗せていくことを目的としています。本年度は196の推薦対象を各部門が絞り込み、最終的に55点がこの推薦に基づき応募されました。
なお、応募点数が減少しているインテリア分野については、審査委員が都内のショップを訪問し、推薦対象を発見するという活動も展開しています。

4)2次審査

1次審査を通過したもの、および上記の推薦によって応募されたものを対象に、8月30日、31日の両日「東京ビックサイト」において2次審査を実施し、この結果、「グッドデザイン賞」895点を選びました。
なお、工業化住宅、乗用車などの商品分野や建築、施設部門、新領域部門では、随時ヒアリングによる審査や現地訪問審査を実施しています。また、審査会場を公開する「内覧会」は、8月31日夜と9月1日の両日行われ、約4,800人の方にご来場いただきました。

5)金賞、テーマ賞の審査

9月1日、各部門ごとの公開審査によって、金賞14点を決定しました。また同日併行して行われたテーマ賞審査では、エコロジーデザイン賞3点、ユニバーサルデザイン賞1点、インタラクションデザイン賞2点を選ぶとともに、昨年から新設されたアーバンデザイン賞2点に加え本年度はデザインマネージメント賞2点、年度テーマ賞2点を選んでいます。
デザインマネージメント賞は、デザイン的な視点から事業を戦略的に展開することによって大きな効果を上げたもの、いわば戦略的デザイン活用を表彰する賞です。また年度テーマ賞は、その時代の要求にデザインが的確に解答したものを表彰するもので、本年度は今年4月から装備が義務づけられたチャイルドシートを対象としました。

6)大賞審査 10月13日表彰式の直前に大賞審査会を公開で行い、「グッドデザイン大賞」1点を決定します。





以下補足的に、審査会等で論じられた本年度の傾向の一端を紹介しておきます。

1)帰って来たグッドデザイン

1次審査の通過率が極めて高かったことが象徴するように、デザイン水準は極めて高くなっているようです。Gマークの審査は、1次では商品デザインに求められる一般水準を、また2次ではその中からさらに優れていると認められるポイントを抽出するという方向で行われていますが、上述のような審査結果は、日本の商品づくり、商品デザインがよさらに高水準化していることを物語るようです。
特に本年度は、金賞となったホンダの乗用車やミツトヨの計測器など、かつて金賞等を受賞したデザインが一段と精緻化されて「帰って来た」ことも印象的でした。不況による混乱の中で危ぶまれていた日本のものづくりが健全に育っている、そのことに審査委員は安堵すると同時に賞賛の声を上げていました。

2)新しいデザインの芽

新領域デザイン部門は、文字通りデザインの新領域を探すという役割も与えられています。この部門の審査では、エコロジー等のデザイン課題に加え、先端技術と社会を結ぶデザイン、事業やサービスそのもののデザイン、地域の活性化を図るデザインなどの新しいデザイン領域が確認されました。
さらに、受賞例の中にはエコロジー的視点に立って事業全体を展開し、企業や地域の独自性を打ち出すなど、デザインの戦略的統合的活用を実践したものや、様々なものごとのデザインが展開されうる基盤(フォーマット)そのものをデザインしようとするものなどが含まれています。こうした動向からも、狭い意味での商品づくりを越え、様々な領域を新しい価値観によって結び、事業を起こしていこうとするたくましいデザインの姿が浮かび上がってきたようです。

3)デザイナーからの発信

金賞の「スツール」(岡村製作所)はたった一人のデザイナーの力が、またエコロジー賞の「配管システム」(イハラサイエンス)は、従来見過ごされていた領域をシステム的に捉え直していくデザインの力が、それぞれ評価されています。デザイナーの「ものごとはこうあるべきだ」という仮説提示力こそ、閉塞的な現状を打ち破る力として期待されているはず、その答えを具体的に提示したことを、審査委員は特に高く評価したようです。
また新領域分野では、デザイナーの商品提案をウェブ上に提示し、生活者の賛同によって商品づくりを進めていく活動が受賞しています。デザインの力をもって直接的にビジネスを開拓しょうとする試みですが、こうした事例のようなデザインと社会とを結ぶ新しい回路の構築は、今後様々に試みられるべきかもしれません。


本年度の段階では、日本のお家芸ともいうべき精緻なものづくりデザインと、事業サービスなどの新しいデザイン、またデザイナー仮説提示力をビジネスに活用していくこととが有機的に関連づけられているわけではありません。しかし上述のような動向の中に、21世紀型のデザインが、おぼろげであれ見えてきたように思います。
デザインがイニシアティブをもって生活と産業をリードしていく、そうした時代を切り拓いていくことこそGマークの課題。20世紀最後の「グッドデザイン賞」は、こうした制度自体の課題と役割を再確認する審査ともなりました。