グッドデザイン大賞

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A-POC/デザインメソッド、デザインマネージメント
受賞者:株式会社三宅デザイン事務所 デザイナー:三宅 一生、藤原 大



一枚の布から服が生まれる、という発想からつくられたこの商品は、伸縮性があり、裁ち放しでもほどけない布地を、ハサミ目に合わせて切っていくだけで、服、靴下、帽子などが出来上がる。糸から直接服を作ることでパタンナーを不要にし、また直営店で販売することによって、素材から販売まで、トータルな流通システムを実現した。ユーザーが自らハサミを入れることで一枚の服が完成する。誰もが実現したくてこれまでできなかったデザインシステムが実現した意義は非常に大きい。 素材技術から出発し、新しい商品デザインの在り方を提案したものとして高く評価された。




山中 俊治
F.新領域部門審査委員長

A-POCは、ひとりのアーティストの活動として評価されがちである。しかし、産業デザインの視点でこれを見るとき、ラピッド・マニュファクチャリングあるいはデスクトップ・マニュファクチャリングなどと呼ばれる製造プロセス革新の展示場であると位置づけることができる。

資本主義的量産システムにあっては、巨大な素材産業が供給するロールやチップが、あらゆる物作りのベースになってきた。そこでの消費財の設計デザインは、鉄鋼、石油化学工業などが続々と作り出す素材を、どのように生かすかを考えるプロセスでもある。膨大な一次加工品の中からの「素材の選択」が、多くのデザイナーの出発点となってきた。

しかし、やがて市場の要求が細分化し高度化してくると、選ぶだけではニーズに応えられなくなり、設計デザインサイドが素材を要望することになる。ある程度量がまとまれば、素材提供側もこれに答え、より高い機能と効率、歩留まりを求めて、専用の素材が造られる。ターゲットの明確な機能性材料は、エンジニアリング・プラスチックをはじめ、大きな成功を収めてきた。ただし、初期ロットの問題がデザイナーに立ちふさがる。

現状の素材生産システムの中では、ある程度の量が生産されなければ単位量あたりのコストは安くならない。現実的なコストで新しい素材を望めば、一定量を消費することが約束させられる。この問題が多品種少量生産の壁になってきた。素材を発注する者は、数を見込んでの冒険を強いられるのだ。自然な成り行きとして、時には見込み違いが大きな無駄を生む。賢いデザイナーは、目的の違う量産素材を転用する(例えば芯材であった紙管を使って家具を作る)事で、量の問題を回避してきたが、問題がなくなるわけではない。

このような状況を打破する新しい流れとして、少ないロットで、はじめから素材に製品形態を作り込む技術が近年急速に進展しつつある。「素材の量産→加工組立」というプロセスを短縮し、必要なだけの最終製品をいきなり成形する生産システム。このようなプロセスは、ラピッド・マニュファクチャリングと呼ばれる。ラピッド・マニュファクチャリングのためには、デザインを素材に直接反映するための、フレキシブルで繊細なCAD/CAMシステムが欠かせない。これを一歩進めて、デザインしている机のそばから直接最終製品を製造しようという概念がデスクトップ・マニュファクチャリングである。

A-POCにおいては、まさにこのデスクトップ・マニュファクチャリングの実験場を見ることができる。かつては、素材を選ぶ、あるいは(思い切って)素材を発注することからスタートしていたデザイナー達が、コンピュータを駆使して素材製造行程に立ち向かう。従来は平らな素材を吐き出していた編み機や、ジャガードの織り機からは、袖、襟を三次元的に一体成形されたれたシャツや、ベルトを組み込まれた筒状のスカートが直接に現れる。「反物」ではなく「服」が直接に造られていくのである。

シームレスで立体的に服を成形すること自体は新しい技術とはいえない。ストッキングなどは、かなり以前からそのようにして製造されてきた。しかし、ストッキングの場合には特定のデザイン専用の巨大な設備投資があり、同形の物の膨大な量の生産が前提とされていた。これに対して、A-POCのデザイナー達の前にあるコンピュータ・コントロールされた編み機は、デザイナーの意図を反映した服を、一着から成形する。

プロセス革新によってテキスタイルと裁断縫製の垣根が取り払われたデザイナー達は、服のデザインそのものにも挑戦している。クッションとセーターが一体になった不思議な製品。ユーザーがはさみを入れるパズルのような服。立体的に服の形に添って織りなす独特のテキスタイルパターン。喜々として遊んでいるように見える実験工房のデザイナー達が、果たしてユーザーの心をつかめるのか、多くのメーカーがこの実験を関心を持って見守っている。

このような製造プロセス革新の試みは、より安価なベーシック衣料としてこそ、本来の力を発揮するのかも知れない。その意味で、作業場と売場が一体となったA-POCのショップには、生産プロセスの進化形が、一つのブランドとして展覧されている。