隈 研吾 隈研吾建築都市設計事務所 代表取締役		建築・環境デザイン部門 部門長

審査概要

グッドデザイン賞の建築・環境デザイン部門は、すでに世の中に溢れている数多くの「建築賞」とは一線を画するものであるし、一線を画さなければならないと考えている。既成の建築賞は、デザインを「ハードウェアのデザイン」という形に限定しているのに対し、このグッドデザイン賞は、建築のソフトウェア(簡単にいえば建築の使い方)や建築の作り方(壊し方、捨て方までをも含めた意味で)をも含んだ広義のデザインを対象にしているからである。本来すべてのデザイン賞は、デザインという概念をそのように拡大して捉え、審査すべきである。その意味でこの賞こそは、建築を評価する最もコンテンポラリーで最も視野の広い賞と呼ぶべきであろう。
今年の応募の中で特に目を引いたのは、医療、福祉関係の建築である。この種の建物においては、建物のユーザー(たとえば病人)に対する思いやりが何より必要とされる。狭義のデザインがいかに優れていようとも、思いやりのない建物は全くアウトなわけである。その時、どのような形で「思いやり」を示すかに関して、極めて興味深い実例が多く寄せられた。
たとえば、山梨県韮崎市の「医療法人韮崎東ヶ丘病院療養病棟」においては、精神性の高い、質の高い空間によって、ユーザーに心の安らぎを与えようとする方法が提示された。プログラムを解くことだけの病院からは得ることのできない、清らかで格調高い空間がそこにあった。
また、秋田県秋田郡鷹巣町の「ケアタウンたかのす」においては、施設の中に、伝統的な路地空間のヒューマンな温もりを作り出そうという試みが見られた。
それらのなかでも特に高い評価を得たのが「葉山ハートセンター」である。そこでは、徹底してユーザーの立場に立つことによって、ICUや手術室の配置において、従来の病院のプログラムとは一線を画する新しい提案がなされた。さらに空間の配列だけでなく、木などの自然素材を多用した内装の作り方においても、従来の病院のステレオタイプが、ものの見事に打ち破られているのである。
それらの試みの幅や奥行き、しかも、それが単なる実験に終わらずに極めて快適でゆとりある空間へと結実している点が高く評価されて、金賞となった。
医療福祉施設関係以外の建築も、ユーザーへの配慮においては、数々の興味深い試みがあった。たとえば「埼玉県環境科学国際センター」は、環境技術を研究する場としてだけではなく、建物のビジターにそれらの新しい環境技術を「見せる」ということがひとつの目標として設定され、それに対して見事なデザイン的解答が与えられていた。技術をわかりやすく、美しい形でユーザーに見せることもまた、建築に対して強く求められているのである。
施工者を含めたユーザーへの配慮という点では、「クレインズ ?」の解答のおもしろさが群を抜いていた。ここでは、コンクリート造や鉄骨造で建物を造ることが難しい、細い路地に面した狭小な敷地に対応した、軽量鉄骨を用いた新しい工法が提案されている。それによって工期や工費が圧縮され、そのような裏通りの狭小敷地のポテンシャルが高まり、「下町」や中心市街地が再生される可能性さえもが感じられた。
都市的なスケールの大きなプロジェクトにおいても、ユーザーの立場に立った、きめの細かいプロジェクトが目を引いた。「丸の内仲通り」では、従来、オカタイ、ツメタイ街の代表格とされていた東京丸の内地区を、ソフトウェア主導型の新しい町づくり手法によって、見事に、柔らかく暖かい町へと変身させようとする試みであった。職・住・商業の近接した魅力的な町を作ることが、21世紀の日本の都市づくりに不可欠であることは明らかである。その対極にあると思われていた丸の内で、新しい試みが起こっている点が高く評価された。
「りんご並木 三連蔵交流施設『ダモンデ』」も、ハードウェアとして眺めれば見逃してしまいそうに地味な計画ではあるが、町のソフトウェアの構築という点において、高い評価を獲得した。この計画は「ハードウェアの地味さにもかかわらず」というよりは、「地味さゆえに」評価されたのだというべきかもしれない。町づくりでは、地味さ、目立たなさこそが、往々にして重要であり、必要なのである。
「小倉駅ビル」も、駅ビルのデザインとしては陳腐と思えるほどであるが、線路と建築との関係性やモノレールと建築との関係性などの「写真に写らない地味な部分」で、ユーザーの立場に立ったきめの細かく忍耐強い試みが行われていた。
従来のデザイン賞といえば、派手で目立つデザイン(形)を顕彰するというイメージであったが、むしろ地味で目立たないものこそが顕彰されるという傾向が、今年の建築・環境デザイン部門ではとりわけ顕著であった。