今年から新たに募集を始めたコミュニケーションデザイン部門は、今までプロダクトデザインが中心だったグッドデザイン賞が手つかずだった、グラフィックデザイン部門を加えようという主旨でスタートした。
しかし、グラフィックデザイン部門はコンクールの数も多く、応募点数もプロダクトデザインよりはるかに多い。しかも、広告や出版など他分野とも密接な関わりを持っている。はたして、グッドデザイン賞のコードに合う「グッドデザイン」を発見できるだろうかという懸念もあった。10年以上グッドデザインの審査を続けてきたが、こんなに緊張した審査は初めてである。今まではプロダクトデザイナーが審査委員のほとんどで、むしろ審査は楽しみであった。出品されている商品の長所や欠点をプロダクトデザイナーから聞くという経験は、グラフィック畑の人間としては商品知識を深めるための良い勉強になったものである。
しかし、今年度は違う。私が直接関係している分野の審査なのである。審査委員同士で審査コードを明確に決める余裕は、時間的にも精神的にもなかった。応募された作品、商品も他のコンクールよりずっと少なく、コミュニケーション部門の広報が足りていないことを改めて認識せざるを得なかった。こうした状態で、この新設部門が成立するはずがない。応募されたものもレベルがかなり低いものが多かった。そのため審査委員による「ふさわしいもの」探しを積極的に行なった。
そして、推薦されたものも審査委員全員でさらにもう一度、一から討議した。そうこうしているうちにグッドデザイン賞コミュニケーションデザイン部門の審査コードらしきものの骨格ができあがっていった。Gマークへの入選はできる限り暖かい目で見た。さまざまな角度から良さを見つけ出した。しかし、賞を与えるものだけはしっかりと選ぶということで審査委員の意見の一致をみた。
受賞作品がコミュニケーション部門の審査基準を代表するものとなれば、来年からの応募者にとっても参考作例として役立つ。それが今年度の審査における成功となるだろうという判断である。

金賞、インタラクションデザイン賞候補
特別賞候補に選ばれたのは、聴覚障害者も参加できる音楽コンサート「スモール・フィッシュ」、根源的なデザインを思考した「Without Thought 」、100円ショップで手に入るものを組み直した「Gangoo」だった。
これらは、グラフィックというよりコミュニケーションの本質をいかに深く考察しているかというポイントで選ばれた。選ばれた三つの作品は、工業化商品を評価するというグッドデザイン賞の初期の 目的を大きく逸脱したものである。産業社会が終焉した現在では、グッドデザイン賞も大きく変わらねばならない。工業化時代の産物であるデザインではなく、本質的なグッドデザインを本気で思考しなければ、グッドデザイン賞はおろかデザインそのものが駄目になる。
プロダクトデザインの端っこに一つ加わったはずのコミュニケーションデザイン部門が、プロダクトデザインにコミュニケーションの何たるかを図らずも示すことになった。プロダクトデザインも工業製品をデザインしているのではなく、人と人、人とモノとのコミュニケーションをデザインしているはずなのである。
聴覚障害者から音楽を遠ざけてはならないという意図から始まった「スモール・フィッシュ」の活動は、聴覚障害者がコンサートを開催できるまでに成長している。聴覚障害者用のヘッドホンやボディソニックなどを使い、容易に音が作れるコンピュータグラフィックスを動かしながら作曲までするのである。インハウスデザイナーが中心になってプロダクトデザインを自由に作ったワークショップ「Without Thougt」は海外でも認められた。こういう発想がこれからの社会(そして産業社会終焉後のデザイン)には特に必要なのである。
日本在住のイギリス人とニュージランド人の2人のデザイナーが作った「Gangoo」は、物の本質を根本から問い直している。いずれも20年前ならデザインとして、いやグッドデザイン賞としての範疇にはとても入りきらなかったものだろう。デザインをディテールで語る時代は終った。これからのデザインは、より根源的なところから発想しなければ成立しない。
今後コミュニケーションデザイン部門は、グッドデザイン賞全体を先頭に立って牽引していく部門になるかもしれない。