気がつけば無意識に多くの人が通っている幹線道路と、そこも通れるんだと気づかせてくれた抜け道
今回のグッドデザイン賞にフォーカス・イシューのディレクターとして関わる経験は、あらためて「デザインが導く未来ってなんだろう?」と考える機会でした。それは「これからの時代はどのようにデザインされていくべきか?」という問いでもあります。
大きな軸は「スピード」です。環境問題などの諸問題が時間的に待ったなしの状況にあるなかで、はっきりと効果の出る手段、目的地に行き着くこと自体にプライオリティーを置いたデザインであることが重要だと思います。
2030年までに貧困、飢餓、健康、教育、エネルギーのクリーン化といった17の目標を掲げる「SDGs(Sustainable Development Goals / 持続可能な開発目標)」が採択されてから、企業、NPO、個人が持続可能な社会を目指してさまざまな活動をしています。その多様さは、ゴールへの多様な道筋も示してきましたが、2030年まであとわずか10年という時間には、切迫するリアリティーがあります。
今すぐにでも具体的な方法を見つけなければならない、という現実。今回のグッドデザイン賞ではそれに対応するような具体性を持ったデザインと出会うことができたと思います。
今回、私は「新たな社会の道しるべとなるデザイン」とテーマを掲げ、人々の行動や意識を変容させる矢印になりうるデザインについて考えてきました。中間発表では、ここにはさらに幹線道路(既に確立されたものをみんなが活用する)タイプと抜け道(新しい方法を模索する)タイプの2つがあるのではないか、と話しました。この最終提言では、この視点を整理してあらためて語っていきたいと思います。
前者の「幹線道路」を言い換えると、それはある種のプラットフォーム的な性質を持ったものであり、参加のハードルが低いものと言えるでしょう。たくさんの人が通れ、スピードも出せるよう設計された道です。
特に顕著だった例が「BRING」です。コンシューマーや流通を巻き込んで、服から服をつくる発想で、循環型経済を目指したことは、今日的な素晴らしい取り組みですが、ここで注目したいのは、社会的意義への共感を要するCSR(企業の社会的責任)活動の文脈ではなく、衣料のリサイクルを販売促進と位置付けた点。それがブレークスルーにつながった要因だと思います。
しくみとして、店舗などで古着回収に参加したコンシューマーには金券が支払われます。リサイクル活動の大義だけに依らず、具体的なリターンを設け、無関心な人々にも行動してもらえるよう設計されているところが、非常にうまい。「いますぐにでも行動してもらわなければ」という意思のあるデザインだと感じました。
後者「抜け道」の代表例は「ソーラータウン府中」です。写真だけを見るとソーラーエネルギーを活用したエコな住居群である点が評価されたのかと思われるかもしれませんが、実はポイントはそこではない。コミュニティづくりの意外なヒントがありました。
多くの審査員が「面白い!」と膝を打ったのは「園路」という独自の共有システムです。園路というのは、16戸の住民がそれぞれに地役権を少しずつ供出して作った、中庭・裏道のようなみんなの共有地のことです。
マンション住まいの人は思い当たると思いますが、例えば管理組合で「うちは1階暮らしでエレベーターを使わないのに、なぜエレベーターの修繕費を支払わなければならないんだ?」というような、ちょっと困った意見があったりします。こういう声があがるのは、マンションという共有空間のなかに自分とは関わりがないと意識させる場所があるからかもしれません。
一方、各戸が土地を出しあって共有地を管理する「園路」のシステムでは、それぞれに「ここは自分の場所なのだから、自分の権利としてここを使おう」という意識が生まれやすい。強い共有意識が、場への参加意識を高め、コミュニティの活性化につながっています。
プラットフォーム型とも言えそうですが、即時的な行動変容ではなく、もっと長くゆっくりした視点を持っている。みんなが通ることで道になる。そういった点で、これは「抜け道」タイプに分類しました。
必要なのは、既存のプラットフォームに乗っかることへの寛容さや許容性
この他にも、「噛む」という行動をデザインしていく「SHARP バイトスキャン」、ウガンダの資材や建築方法によりそって建てられた日本食レストラン「やま仙 / Yamasen Japanese Restaurant」など、私が道しるべだと思ったデザインは、いずれも幹線道路タイプと抜け道タイプ分けることができますが、「南極移動基地ユニットを用いた研究プラットフォーム」には、その両方の良さが感じられました。
極地建築の分野で実績のあるミサワホームは、南極基地の設計にも関わっています。極寒の極地での建築に求められる条件とは、建設のプロではない隊員でも可能な施工方法や、簡易にできる生存環境の確立と維持です。そのために開発されたのが例えば規格化されたユニットを合体させる施工法で、これは宇宙での活動や生活を想定しています。しかし、居住空間だけでは、暮らしはつくれせん。
ミサワホームでは、このプロジェクトに参加してくれる企業や大学、研究機関を常に探しており、南極での実験や研究を、共創のプラットフォームと考えているようです。宇宙空間での生活には、あらゆるジャンルのデザインが関われる可能性があります。その意味で「みんなのプラットフォーム」と呼ぶに相応しい。SF映画のようなワクワクする物語設計も、個人的に興味深いものでした。こういったトキメキ感をデザインに組み込んでおくことは、多くの人を巻き込む上で、重要な因子だと思います。
デザインの世界は競争社会です。先んじてプラットフォームを作り、統一規格を作って優位に立ちたい。その競争のなかで私たちデザイナーも働いてきましたが、プラットフォームは、「新たにつくる」時代から「あるものを利用する」時代に、既に移行しています。私は自治体でクリエイティブディレクターとして働いた経験がありますが、役所や行政といった公共のセクターが、成功事例を真似ることで、確実に効果を挙げている事例を数多く見てきました。
オリジナリティーにこだわりの少ない自治体だから、既にあるプラットフォームに乗っかることで、あるいは既存の有効なしくみやシステムを参考にすることで、インフラとして機能させていくことができます。これこそが、短期的に社会的なインパクトが出せる方法だとしたら、公共に限ったことではありません。
「ものを作る」人はどうしても「0を1にすること」にこだわりがちですが、今こそ、既存の発想やアイデア、プラットフォームに乗っかることへの寛容さ、許容性が必要だと感じます。
みんなが通れる大きな「幹線道路」やたくさんの「抜け道」をデザインする素晴らしさ。それと同じぐらい、すでに出来上がったプラットフォームの上を歩く勇気が、意味を持つ時代になると思います。
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サーキュラーエコノミー[BRING]消費者から再生ポリエステルアパレル製品の古着を回収し自社工場で循環する仕組みを一気通貫で実施するD2C(Direct to Consumer)と、仕組と原料を他社へ提供しアパレル企業・商社・再生事業者が共存する独自エコシステムを形成するプラットフォーム事業を両立している。 -
フォーカス・イシュー ミーティング 日本環境設計株式会社「BRING」 -
ソーラータウン府中東京都の「長寿命環境配慮住宅モデル事業」に沿って計画された16戸の住宅による小さなまち。心地よく永く住み続けることをテーマに、「園路」と呼ぶ共有地の計画、長寿命環境配慮住宅の設計・施工、自然エネルギーの活用など様々な手法を組み合わせることで、コミュニティ豊かな緑あふれる風景が生まれた。 -
「噛む」を計り、気づき、行動を変える活動 [SHARP バイトスキャン]bitescan(バイトスキャン)は耳にかけて「噛む」回数、テンポ、姿勢などを測定する咀嚼計です。 咀嚼回数が減少している現代人に対し、bitescan本体で噛むことを計り、アプリやイベントを通して人々に気づきを与えることで、より良い咀嚼習慣に導く取り組みです。 -
商業施設 [やま仙 / Yamasen Japanese Restaurant]東アフリカのウガンダに建てられた商業施設。地域の気候・材料・技術を活かしたおおらかな茅葺屋根は緩やかな丘陵地に心地よい日陰を生み、京都より渡った料理人をはじめとする新たなビジネスに挑戦する人々の多様な活動拠点となっている。現地の人々の価値観も刺激し、様々な人が集う場として受け入れられた。 -
産官学連携による宇宙開発技術研究手法 [南極移動基地ユニットを用いた研究プラットフォーム]将来的な宇宙有人探査拠点構築を見据え、南極地域にて技術実証を行うための共同研究プラットフォーム。 南極地域での有人観測拠点運営時の課題は、持続可能な住生活及び宇宙有人探査拠点構築に共通する事項が多い。宇宙有人探査及び持続可能な住生活の実現に向けた技術有効性を実証する場として、南極地域での研究プラットフォームを構築した。