生きる時間の価値を高めるもの
デザインという営みを通して生活価値の向上を図る。そのための実験がさまざまな場で行われているのを、今回のグッドデザイン賞審査を通じて実感しました。毎年、グッドデザイン賞では千数百点が受賞作となっています。それら一つひとつの製品、建築、サービス、仕組みなどが、社会全体を構成するパーツとして、世の中の底流からクオリティ・オブ・ライフを高めていけるような印象を受けました。
生活価値とは、大げさなものではありません。身近な日用品が、生活における確かな価値の象徴になることもあります。スウェーデンの社会を例にすると、仕事の途中でもお菓子やコーヒーを囲んで談笑する、フィーカという時間があります。些細なことですが、誰もがその場でのコミュニケーションを楽しみにしています。そこではお菓子を載せるのにふさわしいトレイが、豊かな生活価値の証と位置づけられています。特別なものごとでなくても、人々が生きる時間の価値を高めてくれるのです。
こうした意味で、メガネ[TouchFocus]には大きな意義を感じました。これは遠近両用メガネの新しい形で、フレームに触るだけで遠近のレンズ視度を切り替えることができます。老眼が気になる世代にとって、かけかえが不要で、周囲に気づかれずに操作できる自然なインターフェイスは魅力的です。彼らがリタイアせずに幅広い世代と一緒に働くシーンが増えていく環境下で、老眼鏡への抵抗感を和らげる「優しさ」が、このメガネにはあるのです。発想の背景には、日本の高齢化や長寿命化の進行がありますが、単に高齢者をサポートしようとするだけではなく、人の仕草やファッションに配慮することで、従来にない価値をつくり出しています。それが懐の深い社会のあり方、生活価値の蓄積につながるのです。
生活価値をもたらす都市開発のあり方
より大きなスケールの試みでは[仮設HUB拠点]が注目されます。これは大規模集合住宅の建設期間中に仮囲いで覆われる空間を、地域へと積極的に開いていくプログラムのデザインです。人々が使う什器や備品などのハードを提供するとともに、大学、企業、コミュニティを巻き込んだソフト面の提案も行われました。建築事務所が計画にかかわったことが、仕組みからディテールまで全体をトータルに手がける力になったと思います。デベロッパーとしての豊富な実績を持った大企業が、建築家とストーリーを密に共有したのも興味深い点です。時代の変わり目を感じる取り組みといえます。
このプロジェクトからは、経済価値から生活価値への移行が、ユーザーばかりでなく、事業者にとってもリアリティを伴いつつある状況を読み取ることができます。人口減少がさらに進む日本では、集合住宅も高層化・高付加価値化の追求以上に、地域との接点を増やすべきでしょう。仮設HUB拠点で培ったものを、次に完成する物件に生かしたり、他の開発に応用する姿勢も望まれます。
建築的なアプローチによる地域社会への働きかけが、人々の生活価値を創造する典型として、[喫茶ランドリー]や[hanare]が挙げられます。喫茶ランドリーは洗濯機、キッチン、カフェスペースなどが備わる場で、街路の 1階部分ににぎわいをつくろうという意図があります。hanareは東京・谷中の複数の施設間をつなぎ、街全体をホテルとして楽しむコンセプトの宿泊施設です。マンションが増えて居住者が急速に多くなったり、インバウンドの流入が盛んになったりといった、近年の都市部に顕著な変化の軸上で、まさしく人々の生活における新たな価値となることを目指したデザインです。
重要なのは、こうした事例を突発的・偶発的に生じたものとみなさず、将来にわたり発展し、波及する力を持ったアクティビティとして持続させることでしょう。いずれも地域生活を豊かにするための規範となりうるポテンシャルを感じるからです。
「公共の資源」であることが生活の価値となる
生活価値を高めうるモデルとして、印象に残ったのが[おてらおやつクラブ]でした。そのグッドデザイン大賞受賞は、社会問題の提示としても衝撃的でしたが、一方でお寺をインフラとして扱う、既存のフォーマットを活用して新たな役割を担ってもらうという着眼点に対して可能性を感じました。
同じような視点に立てば、たとえばコンビニエンスストアは、膨大な食品を日々流通させているインフラであり、社会問題化している食品廃棄というテーマを考え合わせると、本来の商業用途とは違った有効な活用の仕方が見出せるかもしれません。さらに、都市に数多くある地下鉄の駅の空間なども、その立地性を考えると、いま以上に多様な機能や役割を兼ね備えさせられるかもしれません。こういった、私たちの暮らしに身近な場や機能を、公共的な資源としてとらえ直すことから、生活価値の向上や獲得に寄与する何かが生まれることを、おてらおやつクラブの活動が予感させてくれたのです。
おてらおやつクラブは、ひとつのお寺の試みからスタートしました。初めは自力で小さく始められた行動が、その趣旨に賛同する他のお寺や、地域の福祉団体などと結びつき、さらにSNSなどを介して、より広範に力を発揮する波動となりつつあります。個人の想いや理想から始まったことを、既存のさまざまなインフラを活用しながら、公共的な資源へと昇華させていくことが可能であるのも、今日の私たちの生活における、確かな価値といえそうです。