続いていくデザイン
ちょうどいいデザイン
COVID-19の蔓延によって、高速で走り続けていた世界は急ブレーキを踏みました。長引く停滞は思いがけない内省の時間となり、社会の新しいバランスを探る議論や試みを世界中で生み出すことに繋がりました。経済が最優先されてきた世界では、デザインは対象を特別に見せることで、消費を煽る役割を担う側面があったことも否定できません。しかしデザインとは本来、何かを特別にすることではなく、むしろ常に変化する環境や技術、人との「ちょうどいい」関係を発見し、具体化する知恵であり営みであったはずです。
世界は再び動き出そうとしています。生産と廃棄、デジタルとフィジカル、地方と都市。過剰ではなく不足でもない、これからの「ちょうどいい」を探り当てる取り組みに目を向けたいと思います。
「わたしたち」のウェルビーイングをつくるデザイン
近年、からだとこころ、そして他者との関係性が充足することを意味するウェルビーイングの概念がプロダクトやサービスのデザイン現場でも重視されるようになってきました。しかし、これまでのウェルビーイングの研究は主に個々人を対象としてきており、他者や周囲の環境との関係性と連関した人間像から、ウェルビーイングのかたちを捉え直そうという機運があります。
特に情報技術はエンドユーザー一人ひとりに最適化してきたことから、「わたし」の快楽的なウェルビーイングに偏重してきました。そうではなく、複数の「わたし」が重なり合う場としての「わたしたち」が持続的に関係を育んでいく方法論こそが、これからの社会のウェルビーイングを醸成する上で必要とされています。
このフォーカスイシューでは、一つのデザインからどのような関係性が長期的に紡がれていくのか、ということを見ていきたいと思います。
ひとことで言えないデザイン
デザインには、すでに世界に存在する問題を解決するパワーと、これからの世界とはこうあるべきではないかという問いかけをするパワー、その両方が求められています。ですから、世界に存在する問題、そして、こうあるべきだという世界のあり方が、ひとことで言えない複雑さを持っているのであれば、デザインも、ひとことでは決して言えないような、厚みを持つべきではないでしょうか。
いま、複数の課題に多角的に取り組むデザインが求められています。もちろんシンプルであることは素晴らしいし、コンセプトを貫き通したデザインの強さはこれからも健在でしょう。ですが、そもそもデザインとは、どんなはたらきをするのか・するべきなのか、もっと深い根源に立ち返って、考えてみたいのです。
半径5mの人を思うデザイン
本当の意味で多様な人々を含む(インクルードする)デザインを実現させるためには、多くのデザイナー自身にまだ多様な視点や観点、経験が足りていないように感じます。より人に届くデザインを実現したいのなら、まずは他者の現実と向き合うことが重要ではないでしょうか。
そのためには、自分の生活の中の半径5mの景色や登場人物をより多様で豊かにしていくことが大事だと思います。他者に出会い、対話や共通体験を通してその人たちを思い、つくる。「〇〇さんだったらこれどう使うかな?」「こんなこと言ってたから試してみよう」コラボレーションとはそういうこと。審査委員として一つひとつのデザインの中にある半径5mのストーリーに目と耳を傾け、自らの景色も更新したいです。
インタビュー
Director’s Comment
世界規模で次々と新たな課題が深刻さを増して訪れ、乱高下する社会に私たちは生きています。そんな状況の中、重厚長大な計画を立て時間をかけて生み出されたものは今の生活に適応しきれず形骸化してしまい、技術やプロセス、そして社会システムそのものを更新する必要性が高まっています。完成形や成長を目指して進む思考から、変化する状況に寄り添いながら絶えず動き続けるという思考にシフトすることで、物事への向き合い方や、見えてくる景色も変わってくるのではないでしょうか。これは、私が昨年掲げたテーマ「完成しないデザイン」に通ずるものでもあります。今年は、それを内包しながらも、取り組みが「続いていく」点に着目。その状況をどのように捉え、実践しているのか。不確実な社会を生き抜くためのヒントを探っていきたいと思います。