はじめに
「グッドデザイン賞(Gマーク)は、多くの企業やデザイナーの熱意に支えられています。厳しい経済状況にもかかわらず、本年度も1,028社から2,329点にも及ぶ応募を頂きました。そして川崎委員長、船曳副委員長をはじめとする63名の審査委員の方々によって、4ヶ月にもわたる厳密な審査が繰り広げられました。この結果、1,290点(670社)の「グッドデザイン賞」と、その中からさらに金賞、テーマ賞等の特別賞 75点が選ばれています。
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本年度は21世紀の始まりの年でもあり、Gマーク制度にとっても20世紀の産業社会の発展を支えてきたデザインをどう継承していくか、その具体策が問われる年でした。
以下ここでは、川崎委員長をはじめとする審査委員団と私達事務局がどのようにポリシーを検討していったか、またその方針に基づき、どう審査を実施したかなど、数字に表しにくい部分に焦点を絞り報告いたします。

ポリシーワーク
「グッドデザイン賞」は単なるデザインのコンクールではなく、デザインを通じ「生活の質的向上と産業の活性化を図る」という目標を掲げたプロモーション制度(デザイン振興の仕組み)です。
1998年、この制度は通商産業省の行う国の事業から、日本デザイン振興会が主催する「グッドデザイン賞」へと民営化されましたが、この段階で制度の掲げる目標と制度自体をどう運用していくかという手段との関係が、やや曖昧になっていたように思われました。制度設立当初の昭和30年代は、この関係は極めて明解であったように思われますが、上述のような目標を、時代性を踏まえどう実現していくかという戦略的視点が問われないまま制度が毎年繰り返されていたように思われたのです。
ごく単純に言えば、Gマーク制度はどのようなポリシーをもって運用されるべきか。
私達はその答えを、卓越したデザイン思想と指導能力を持った方を審査委員長にお迎えすること、その方の指導と助言を得て制度自体をリニューアルし続けていくことで導こうと考えました。つまり審査会の長を務められる方に、同時に制度全体のディレクター的役割をもお願いすることにしたのです。
このような方針のもと、デザイン界のリーダーでありCIの大家であられる中西元男氏を審査委員長にお迎えし、新しい「グッドデザイン賞」がスタートしました。

中西時代(1998〜2000)
中西元男氏は、21世紀の社会について「文化的な成長が経済活動をリードする時代、そのための牽引役がデザイン」というビジョンを掲げられています。そうした視点からこれまでのGマークを見た時、「作り手的な発想で制度が運営されている」、つまり産業社会型の対応しかできていないとのご指摘を頂きました。Gマーク制度は作り手と使い手の接点に位置してこそ、その役割を果たしうる、従って「ユーザー:生活者の側からデザインに向かう回路」を模索していくことを課題とし、「デザインの村を一度出るべき」とのご意見を頂きました。デザインの外から生活者・ユーザーと一体となってデザインを見直していく、そのことによって「文化成長が経済成長を導く」新しい時代のデザインを育てていくことができるという指摘です。この時代にキャッチフレーズとして登場させた「Good Design is Good Business.」も、良いデザインはよく売れるという単純な内容だけでなく、デザインという文化が経済活動を牽引するという意味なのです。
中西氏の指導のもと、制度の重心を生活者・ユーザー側に移すべく、情報公開を積極的に行うとともに、情報化社会型のデザイン活動を受け止める部門(新領域デザイン部門)を設置しました。そして今年度は、これまでなおざりにされていたジャーナリズムを対象とするPR活動に積極的に取り組むと共に、関係者のみに開示されていた審査会場を思いきって一般公開しました。
なお、このフェア(グッドデザイン・プレゼンテーション)には審査対象だけでなく、東芝、松下電器グループ、日立製作所のご協力を頂き、企業のデザイン活動を示す「アドバンスデザイン」をも展示することができました。こうした効果も加わり、僅か8時間のみの開催時間にもかかわらず7,000人を越える入場者がありました。今後は、ここで得られた参加の芽をさらに育て、生活者、ユーザーとデザインを結ぶ新しい回路を開拓していこうと考えているところです。

川崎時代(2001〜)
しかし、生活者・ユーザー側からの回路開拓といっても、デザインを行う側にそれを受け止め、発展させていくに充分な力があってこそ初めて機能しうるものと思われます。一部の生活情報誌や「Designer's Week」などの、デザイナーからの運動によって、デザインそれ自体が消費の対象となるマーケットが創られつつあります。こうしたデザインにとって好ましい動向が生まれる反面、多くのデザイン事業所の受注価格は事務所の存続さえも許さないまでに低下し、また大企業・中小企業等の企業内デザイン部門についても、分社化や縮小化が続いています。ある種の構造変化が進みつつあることの証ではあるものの、このままではデザインという思想・方法論をハンドリングできる人材を、我が国は大量に失いかねません。
本年度から審査委員長をお願いした川崎和男氏も、こうしたデザインをめぐる環境変化を大変憂慮されていました。地滑り状態をまず止めなければならない、デザイナーの活動を経営者にもう一度認めさせよう、デザイナー自身に職能としての誇りを持って頂こう、Gマーク制度をそうした「機会づくり」の場とみなし、デザインのパワーを取り戻していくこと、私達は本年度の基本方針をそう受け止めました。このことは、審査を甘くするといった安易な方法では達成されません。むしろ川崎氏の意図はデザイナーの思想・倫理・方法論を全能力をもって受け止めていくから、それなりの審査体制を整えられたいという厳しい内容でした。
川崎氏は「生活者という曖昧な言い方はしたくない。ユーザーを見据えることから出発したい」とも話されました。つまり使用する人との緊張関係を欠いたデザインはあり得ない。審査はそうしたデザイナーの張りつめた意思を見抜いていくものであり、自分はそれをできるだけ暖かい気持ちで受け止めていきたいとも話されていました。
川崎氏の示された審査方針は、応募されるデザイナーと審査委員が厳しく向き合うことにより、デザイナー自身の在り方を凝視していこうとするものと考えられます。これまでの制度運用に比べやや内向きとの印象もありますが、デザイナーなくしてデザインはあり得ません。無論、川崎氏も外側からの回路と内側への回路を結びつけ、新しいデザインを育むフレームを提示していくことを指向されていますが、まず本年は、デザイナーを守ること、デザインをめぐる環境を少しでも改善し新しい世紀へ立ち向かっていく勇気を醸成することに力点を置いた審査を実施していくことになりました。

審査はどのように進められたか
「グッドデザイン賞」は、部門ごとに応募された対象を審査委員が3〜6人のグループを作り審査しています。主として提出された情報を中心に審査する「1次審査」、これに合格した対象を審査会場に搬入して行う「2次審査」。さらにこの審査によってほぼ決定した「グッドデザイン賞」の中から、金賞・テーマ賞などを選ぶ「特別賞審査会」、そしてただ一つの大賞を選出する「大賞審査会」へと続きます。本年度もこのような手順ですべての賞が決まりましたが、審査方針を踏まえ、どのように審査が行われたかを、少し紹介しておきましょう。

コミュニケーションデザイン部門の設置
「グッドデザイン賞」では昨年度に、情報化社会に対応した新しいデザイン活動を受け止めるべく「新領域デザイン部門」を設置しました。この部門での受賞対象の中に、新しいコミュニケーションデザインの在り方を示唆するものが多く含まれており、これを新しい部門として独立させたのが「コミュニケーションデザイン部門」です。
もともとGマークは商品デザイン(プロダクトデザイン、インダストリアルデザイン)の領域からスタートしていますが、近年この分野においても、デザイナーの活動範囲は三次元的なかたちづくりを超えた領域へと拡大しています。例えば「モノとコト」を同時にデザインしていくという傾向ですが、こうした総合的なデザイン活動を評価する場合、これまでのような商品デザイン的な視点のみでは片手落ちになります。「モノとコト」は表裏一体であるとしても、コミュニケーションデザイン的な視点から審査する部門を設置してはどうかと考えていました。
一方川崎氏は、やや別の視点からこの新部門の設置を捉えられていました。「今はデザインのパワーを結集していかなければならない時。○○デザインといった狭い分野に閉じこもる時代ではない」、「Gマークは分野を越えてデザインが出会い、競い合う場。そうしたことでより力のあるデザインが生み出されていく仕組みとして機能するべきだ」、そのようなニュアンスであったかと思います。
こうして「コミュニケーションデザイン部門」は様々なデザインを融合させていく役割も担いスタートしました。審査委員にはその分野で高い評価を得ている6名のデザイナーにお願いしましたが、新設の部門でもあり思うように応募が集まりませんでした。そこで審査委員団に「委員による推薦(審査委員が推薦者となって応募を勧誘する仕組み)」を活用し、「グッドデザイン賞」が示すコミュニケーションデザインの考え方を示すに足る事例を集めて頂いたのです。
この部門は、広告等のデザイン表現の優劣を競うものではなく、情報の送り手と受け手が優れたデザインによってより深いコミュニケーションが成しえたものを評価する、つまりクリエーションではなくあくまでデザインを審査する姿勢を貫こうと考えていました。とは言うものの、事務局ではマス媒体を活用した巧みな広告展開等が高い評価をセるのだろうとも推測していました。ところが審査会が金賞・テーマ賞の候補としたのは「スモールフィッシュ」や「竹尾 ペーパーショウ」などのワークショップ的活動でした。つまり情報が生み出される「場」自体をデザインしたものです。産業社会型のコミュニケーションデザインではなく、こうしたコミュニケーションの原点をデザインしていくことこそ、いま求められているのだというメッセージです。評価とは、ある意味で思想を問う活動です。こうした審査委員団の見識の発揮こそ、「グッドデザイン賞」が担う最も重要な役割ではないかと思われます。

1次審査
「グッドデザイン賞」の審査は、審査委員各人の個人的な経験に基づく「主観的な判断」をベースに、審査委員同士が討論していくことによって主観を客観に近づけるという方法で行っています。
デザインの評価は直観的・総合的なものであり、幾つかの評価項目ごとに点数を与えるといったやり方はなじまないようです。よって、現品を前にした審査が何より大切で、Gマークはこの方法を制度発足以来今日まで継続してきました。しかし現品審査は、評決が会場全体の雰囲気や陳列された状況に左右されるという問題もあります。そこで民営化以降は、提出された情報をもとに応募対象を1つ1つ細かく判断して頂く「1次審査」を加えました。特にこの審査は情報をCD-ROMに纏め、審査委員に配布するという方法を採っていますが、相互比較がしにくい情報操作上の特性がかえって幸いし、「1つ1つを落ち着いて審査できる」との評価を得ています。
ここで企業デザイナーから提出頂く情報は、写真や概要的な情報だけでなく、ユーザーをどう捉え問題を解決していったかなどデザインプロセスについてのアンケートや、担当デザイナー自身の思いや主張など、幅広い内容となっています。とは言っても、情報だけで高度な質的判断を行うことは避けるべきと考え、次の現品審査に進む対象を抽出することを前提に、使用対象や与件の把握、デザインプロセスの展開などを基準に、デザインが適切に行われているか否かを判断しています。良いデザインが生み出される基本を明らかにさせるという意味で「1次審査」は不可欠なステップと捉えていますが、最近では多くの企業が企業内選考を経てエントリーされていることもあって、今年度の1次審査通過率は9割近いものになっています。

2次審査
1次審査を通過した対象だけでなく、「審査委員による推薦」をも加えて、全てを審査会場へ搬入して行われる「2次審査」は、4ヶ月におよぶグッドデザイン賞の審査プロセスの中で最も重要なステップです。
この「2次審査」にあたって、運営サイドは「コンセプト&デザイン」、つまり対象の示すコンセプトが今日的な視点から見て妥当性、正当性を持ち得るか、またそれがかたちを通じてわかりやすく理解できるものとなっているかを見て頂きたいとしています。お願いはそれだけで、「何をもってグッドとしうるか」の判断全ては、その年度の審査委員団に委ねられています。
川崎委員長は本年度の審査開始にあたり、「減点法ではなく加点法、ポジティブにみてほしい」と審査委員団に呼びかけました。どのようなデザインも否定しようとすれば理屈はつけられます。しかしこの制度は、デザインをプロモーションしていく制度です。特に民営化以降は良いところを発見し伝えていくことに力点を置いていますが、先の委員長発言はこの方針を更に徹底させようとしたものです。更に川崎委員長は「好き嫌いで審査するのはやめてほしい。特に不合格とする場合、その理由が曖昧であるなら委員長はディベートをしかける」と続けます。ムードに流されず理性的な判断をしてほしいという意味なのですが、こうした発言もあってか、本年度の審査は 1つ1つの対象について時間をかけて論拠を明確にしていくなど、例年になく緊張した厳しいものとなりました。
本年度は特に、各部門、グループごとの審査が終了した後、その審査水準を調整する場を設けました。ここに委員長から提示された約30の案件が提示されましたが、各担当委員から肯定・否定論が述べられるなど、白熱したディベートが展開されています。
なお、審査会場を公開して行う「グッドデザイン・プレゼンテーション」の際に行ったアンケートからは、デザインに関心を持つ若い方とデザインのプロの間にかなりの意識ギャップがあることなどがわかりました。グッドデザイン賞が進めようとする「プロの視点」を考える上で興味深い情報です。

特別賞の審査
金賞・テーマ賞など特別賞の審査にあたっては「検討するに足る充分な時間が必要」との意見を基に、現品審査終了後3週間程の時間を置き、改めて「特別賞審査会」を設置することとしました。9月20日に開催されたこの審査会には、委員長・副委員長をはじめ部門長・ユニット長にご出席を頂き、金賞候補・テーマ3賞候補を会場に搬入しています。本年度の変更点は、部門・グループ毎に選んでいた金賞を、全ての候補を平等に審査する方式に改めたこと、またテーマ3賞以外のテンポラリーなテーマ賞を「審査委員長特別賞」へと一括したことです。特に「審査委員長特別賞」は、金賞・テーマ賞では言い足りない視点を審査委員長の権限をもって明らかにしていこうというもので、今年はデザイナーのマネージメントという視点から2件、またデザイン領域の拡大という視点から1件が選出されています。
特別賞審査会の模様についてはウェブを通じて公開しましたが、金賞・テーマ3賞を受賞した対象を見ると、新しい使い方・楽しみ方の提案、エコロジー、循環型社会、システム的解決、ITの活用、サービスの開拓、デザインビジネスの実現などといったキーワードが見出せます。簡単に言えばデザインがイニシアティブをもって物事を進めようとしているもの、そうしたデザインの先行性が広く評価されています。

審査によって示されたもの
以上のような審査によって、本年度は1,290点という昨年に比べかなり多くの「グッドデザイン賞」が生まれました。これは審査が甘かったということでは決してありません。審査時間は大幅に伸びていますし、また前述のように厳しい討論が繰り広げられています。この結果について私達は、応募対象全体のデザイン水準の向上を背景に、審査委員会がどの水準をもって受賞とするかについての新しい解釈を示したものと受け止めています。
審査会場を一覧して頂ければ理解できることですが、並べられた対象はごく一般的にいえば「素晴らしい」「なかなかいい」「うまくまとまっている」「一応答えは出ている」「ちょっと問題がありそう」と区分できるようです。審査側は「なかなかいい」までの水準で線を引くのがわかりやすいと思われるようですが、これでは単なるデザインのコンクールとなり現実的な受賞分野も限られ、指定席化してしまう恐れもあります。Gマークはデザインの可能性を拡大していくための制度ですから、ここに留まっていては役割は果たせません。つまりこのわかりやすい線引きをどう越えていくかが勝負どころとなります。そこで、時代が求める社会的要求と、企業やデザイナーの達成可能な水準とのバランスを考え、受賞の範囲を決めて頂くことを毎年お願いしてきたのですが、このバランスの取り方がその年度の審査委員団の「あうんの呼吸」的なものに左右されていたように思われます。
本年度の審査は、この最も伝わりにくい部分に明解なメスを入れました。前述の区分で言えば「うまくまとまっている」(適切に回答を出している)だけでなく、「一応答えは出ている」ものについても、ユーザーのことをよく考えている、デザイナーの新しい役割を発見したなど評価できるポイントがあれば、受賞に値すると考える方針です。大学受験に例えれば、平均で見ればあまりいいとは言えないものの、特定の教科で優れていれば入学できるという考え方です。平均点主義からの脱却といってもよいかも知れません。
川崎氏は、21世紀のグッドデザインとは「かけがえのないもの」なのではないかと述べられました。それは社会通念的に良いとされるもの、誰もが認める優れたデザインというより、「私にとって狂おしいまでにぴったりするもの」ではないかと思われます。この部分をためらわずに評価する本年度の審査には、それを発見していく役割が審査会であり、また「かけがえのないもの」を提示していく力がデザイナーにある筈だというメッセージが込められています。審査の後半で「審査委員がいいと思ったものを1人1点ずつ選ぶ」「的確な言葉を添えよう」とする新しい活動(これは一冊の本に纏められる予定です)が起こったのも、こうした審査姿勢の表れと受け止めています。
「かけがえのないもの」、それを生み出していく第一歩はデザイナーの「まなざし」のはずです。本年度から新設された「審査委員長特別賞」のひとつに、テレビ番組「世界ウルルン滞在記」が選ばれていますが、この受賞はメディアもまたデザインの対象であるという表明である以上に、この番組が示す「まなざし」をめぐっての高い評価でした。自分達とは異なる生活文化を見下すものでも、客観的に分析するものでもない。その中に裸で飛び込み、笑い、泣き、真剣に話し合う、お互いの経験を重ね合う。それこそデザイナーがユーザーと向き合う「まなざし」そのものなのではないでしょうか。
本年度の審査は、こうした「かけがえのなさ」を追い求めていくことこそプロとしてのデザイナーの課題、そのような問題提起であったように思います。