各賞紹介

本年度の制度改訂について

「グッドデザイン賞」、52年目の新たな出発

青木史郎
公益財団法人日本デザイン振興会 理事

「グッドデザイン賞」は、今年52回目を迎えるに至りました。
その半世紀を越える歩みによって、創設当初の課題であった「産業へのデザインの導入」を、一定程度達成できたものと思われます。デザインは、製造業だけでなく様々な産業分野で活用されるに至りました。そして生活者の大きな支持を得るまでに成長しました。しかし時代は大きく様変わりしようとしています。この制度が今後も必要とされ続けるなら、いかなる役割を担うべきか、またどのような制度であるべきか。それは21世紀の社会構築へ向けて、思想であり方法論であるデザインをどのように活用すべきかという問いかけでもあります。
「グッドデザイン賞」は、21世紀に相応しい新たな役割を担いたいと考え、「これからの50年」に向けて第一歩を踏みだすこととしました。

サプライサイドからディマンドサイドへ

「グッドデザイン賞」は、その前身である「グッドデザイン商品選定制度」の時代から、ほぼ10年おきに大幅な制度見直しを図ってきました。最近では、1998年の制度民営化にともない選定制度から表彰制度へと改革をおこないました。以来10年がすぎ、様々な場面で見直しが求められていましたが、それ以上に、21世紀を待っていたかのように登場した様々な事象は、産業社会を越えた新たな時代の到来を予感させます。
こうした急激な時代変化を前提とすると、グッドデザイン制度の根幹を再考すること、つまり「これまでの50年」を越えて、「これからの50年」を担う仕組みを築いていくべきではないか。制度の主催者である日本デザイン振興会もまた審査委員団も、このような認識を持つに至りました。そこで2007年秋から、制度の根幹に踏み込んだ討論をおこなうべく、内藤廣審査委員長を中心とする「制度検討会」を継続的に開催することとなりました。

「グッドデザイン賞」の目標は、デザインを通じて「国民生活の質的向上と産業のさらなる高度化を図ること」です。生活という文化的側面と産業活動という経済的側面を同時に向上させる。このデザインならではの役割は、如何なる時代でも変わらないものと思われます。ただ問題とすべきなのは、その目標を達成しようとするアプローチにあると考えられました。
「グッドデザイン賞」がスタートした産業の発展期では、「産業へのデザインの導入を促進すること」という手段しか選択肢はありませんでした。しかし来るべき社会を想定してみると、産業のみの努力によって諸問題が解決できるとは思われません。生活者も行政も無論産業も、社会を構成するあらゆる領域が協調しつつ、「持続可能な社会」を築きあげていくことが求められています。デザインの役割は、そうした協調関係を導くための新たな仮説を提示すること、つまり「私達の明日」を具体的に描き、提示することではないか。そのように考えると、デザインには「産業を越えた新たなスタンディングポイント」の確立が求められているはずです。
「制度検討会」の論議も、こうしたデザインの役割、制度のあり方を見直すことからスタートしていきました。白熱した討論が続き、「デザインの持つ生活・社会を牽引していく力をさらに引きだすことを課題として、審査および制度の立ち位置を『生活・文化・社会サイド』へと前進させる」という基本方針が導かれました。サプライサイドからディマンドサイドへ進展させるという意志の顕れです。そしてこの方針を明確に表明すべく、「グッドデザイン賞の審査は、近未来の生活者の立場から審査することにより、生活者に明日のあるべき時空間を予感させ、デザインを通じて豊かさと持続可能性に満ちた社会の実現を目指す」と、「審査要領」に記載することとしました。

部門編成から領域編成へ

さて、「近未来の生活」あるいは「生活・文化・社会サイド」という視点から改めてこの制度を見ると、いくつかの矛盾や整合性がとれていない箇所が明らかになりました。「制度検討会」では、1)応募対象の区分、2)審査概念と基準、3)特別賞のあり方について、討論を続けていきました。
まず、この制度に応募できる対象についてです。
創設当初の「グッドデザイン賞」は、身近な機器や用品のみを対象としていました。1984年におこなわれた大幅な改定によって、産業分野・公共分野で用いられる機器や設備が加わり、すべての工業製品を対象とする制度へと発展します。そして90年代には、建築分野、コミュニケーション(情報・メディア)分野が、さらには新たに開拓されつつあるデザイン領域が加わるといったように、逐次的に対象とする分野領域を増やしてきました。この領域拡大は、「デザインはすべての人間の活動領域に求められるはずだ」という信念に基づくものですが、個別的に発達してきたそれぞれのデザイン領域を融合させることによって、問題解決手法としてのデザインの力を強化させるという意図も含んでいました。ただ逐次的であったために、増設された対象分野が個別に審査されるといった傾向は否めず、デザイン領域間の融合という課題は残されたままでした。

そこで今回の改定にあたっては、応募対象をデザインの受け手である「使用者」、つまり「人間」の側から再整理することとしました。まず人間を中心におく。人間の営みを助けるものをその周囲に並べていくといった考え方で、「身体領域」「生活領域」「産業領域」「社会領域」という4つの領域区分が導かれました。例えばこれまでの区分では、住宅は「建築・環境部門」、住宅設備は「商品部門」と大きく別れていました。しかし生活を支えるという視点からみれば、住宅とその設備の間に壁があるのはおかしい。この両者は「生活領域」の問題として捉えることによって「近未来の生活」が見えてくるはずです。また応募対象の中には、上述の領域をまたがるもの、人間と人間をつなぐことに主眼をおいたものなどがあります。これらを身体と情報の「移動領域」、「ネットワーク領域」として加えました。
2008年度の応募と審査は、人間の活動を支えるものやサービスを上述の6つの領域に区分し、さらに応募数の多い領域についてはサブカテゴリーにわけるという方法でおこなわれました。この新しい区分によって、例えば自動車とコンピュータが同じ「移動領域」に所属することになりましたが、双方を担当する審査委員が「移動」という視点から協議することによって「乗用車のシェアリングシステム」といった対象も適格に審査することができるようになりました。なお「新領域」については、この領域概念をさらに明確化していく必要がありそうです。

審査理念の明確化

「制度検討会」の次の課題は、審査理念、審査にあたっての基本的な姿勢を整理することでした。
「グッドデザイン賞」は、その創設の時点から「そのデザインが社会を良くするか」という視点から評価をおこなってきました。その意味では「生活・文化・社会サイド」に立脚した審査を継続してきたのです。特に90年代以降の審査では、「生活の側、社会の側からそのデザインの優れているポイントを明らかにする」という方針で臨んできました。しかしこうした基本的姿勢が明確に示されていたわけではありません。
そこで、「グッドデザイン賞の審査理念」を、具体的な「言葉」として表明することが求められました。

人間(HUMANITY)もの・ことづくりへの創発力
本質(HONESTY)現代社会への洞察力
創造(INNOVATION)未来を切り開く構想力
魅力(ESTHETICS)豊かな生活文化への想像力
倫理(ETHICS)社会・環境への思考力

「人間」そして「倫理」という言葉が、最初と最後に登場してきます。ここには、審査方針として掲げた「デザインを通じて豊かさと持続可能性に満ちた社会の実現を目指す」ためには、倫理的な側面も含めた人間愛が不可欠であるとの審査委員団の強い意志が顕れています。ここに掲げた5つの言葉を文章化すると、「人間を中心におき、高い倫理性を踏まえ、ものごとの本質を見据え、魅力的な創造活動をおこなう」となります。これはグッドデザインの定義であるとともに、そうしたデザインを高く評価したいという審査方針を顕しています。そして「創発力、洞察力、構想力、想像力、思考力」は、グッドデザインを実践する際に求められる「能力」を示しています。
この審査理念は、グッドデザイン賞から広く社会に向けたメッセージであるだけでなく、審査委員団の意志を一つにするという役割も果たしました。各委員はここに掲げた理念を確認しつつ、応募対象を判断していきます。審査委員相互の意見が食い違う場合も、この審査理念に立ち返って論議を進めます。さらに内藤委員長は、受賞理由の詳細な開示、つまり審査行為の言説化をそれぞれの審査委員に求めました。この受賞理由は、グッドデザイン賞のウェブサイト等に掲載されるだけでなく、領域ごとの講評会を通じて明らかにされています。

特別賞の見直し

「グッドデザイン賞」には、同賞を受賞した対象の中からさらに選ばれる特別賞があります。これらの特別賞の一部を変更し、「これからの50年」へ向けての方向性を示唆することとしました。
まず検討の遡上にのぼったのはテーマ賞です。テーマ賞は、デザインの取り組むべきテーマを提示することを意図して80年代後半から順次創設された特別賞で、1997年の段階で「エコロジー・デザイン賞」「インタラクション・デザイン賞」「ユニバーサル・デザイン賞」の3テーマがそろいました。特に「ユニバーサルデザイン」は、極めて新しいデザイン概念でした。同賞創設も契機となり、このテーマに積極的に取り組む企業やデザイナーが増加したことによって、今日では基本的なデザイン概念として迎えられるに至っています。ただしテーマ賞は、その概念が定着すれば役割を終えます。そこで「これからの50年」を示唆するテーマとして、「サステナブルデザイン」を掲げました。
言うまでもなく、21世紀は物質的な成長に依存した豊かさを追求する時代ではありません。資源問題や環境問題などを乗り越えていくためには、これまで資源とはあまりみなされなかった人間の知恵や生活文化に根ざした豊かさを導いていくべきではないか。そのような考えから「持続可能な社会の実現を目指すデザイン」という意味をもつ「サステナブルデザイン」をテーマとしたのです。私達が直面する課題を、私達の生き方暮らし方の問題として捉える、そこにデザインならではの問題解決がなされるものと期待されます。

「サステナブルデザイン」という課題が明確になったことにより、「ロングライフデザイン賞」の見直しと「ライフスケープデザイン賞」という新賞の創設が決まりました。
「ロングライフデザイン賞」は、グッドデザイン賞受賞後10年以上を経過したものに贈られる特別賞として位置づけられていましたが、持続可能な社会の実現という視点からみると、極めて重要な視点を提示しています。審査要領にはデザインの果たすべき役割について、「生活者に明日のあるべき時空間を予感させる」との一文を掲げていますが、「ロングライフデザイン賞」の受賞対象は、そのデザインが明日の生活を「予感させた」が故に、生活者の支持を継続的に得ることができた事例です。そこでこの賞をクローズアップするとともに、ユーザーからの推薦に基づき応募を募る方法へと改めました。
新設の特別賞である「ライフスケープデザイン賞」も、上述のような新しいデザインの視座をより明確にすることを意図しています。開催要綱には「時代の感性価値が生活者の支持を得て様式に至る完成度をもつと認めるもの」と記載されていますが、「デザイナーの感性によって導かれた提案が、生活者の支持を得て一つの生活様式として結実したもの、またその可能性が期待されるもの」に贈られる特別賞です。この賞は、デザインによる生活シーンの形成を見通すことが趣旨にあり、ある意味で「究極のデザイン賞」となるのかもしれません。

タイ王国、「総理大臣デザイン賞」との連携

「これからの50年」を目指した制度改革の概要は以上のとおりですが、本年度実施したもう一つの新しい取り組みは、タイ王国の「総理大臣デザイン賞」との提携を開始したことです。
これはタイ王国商務省からの依頼により、デザイン賞のリニューアルに協力したことに端を発します。この成果をより実りあるものとするため、同国の「総理大臣デザイン賞」を受賞した商品を「グッドデザイン賞」の二次審査会に迎えるという連携協定を結びました。東京ビッグサイトの審査会場には同賞受賞ブースが設置され、内藤委員長、安次富・森山両副委員長による審査の結果、12件の「グッドデザイン賞」が誕生しました。このいわばダブル受賞は、タイ王国政府のみならず企業やデザイナーの方々に大きな喜びをもたらしたと聞きます。
「グッドデザイン賞」にとって、海外のデザイン賞との連携は初めての試みですが、多様な文化を背景としたデザインが、日本の「グッドデザイン賞」を媒介して好ましい相乗効果をあげていくことを期待しての取り組みです。ともすれば一国閉鎖型で発展してきた日本のデザインに、新しい息吹を吹き込む活動でありたいとも願っています。

内藤委員長は、審査総評の中で、「デザインというのは、どう考えても人間の生活を豊かにするための行為です。また、どのようなものであれ、デザインは必ず近未来に向けて放たれている行為です。新たなる『人間チュ新主義』を掲げること、『近未来のディマンドサイドに立って審査する』という大きな前提を置くことは、方向性として間違っているとは思えない」と述べています。
「人間主義」というデザイン思想は、昔から語られてはいました。しかし産業社会の中では、デザインは企業活動を通さなくては、それを実現できなかったのです。しかし時代は大きな転換期を迎えています。その大切な思想、言葉を換えれば、生活者としての私達自身が主役であり問題解決者になるべきだというデザイン思想を、社会として共有することも不可能ではありません。いまや日本では「グッドデザイン賞」の認知率は87%に達しています。こうした生活者のデザインへの支持と期待こそが、「これからの50年」を切り拓いていく鍵となるはずです。
「近未来の生活者の立場に立つこと」という審査姿勢は、必ずや新しいデザインの地平を切り拓くものと思います。「グッドデザイン賞」はそのことを通じて、「新たなる人間主義」を追求していきたいと考えています。