2008年度受賞結果の概要

2008年度グッドデザイン賞 審査講評会

第6回「産業・社会領域」(2008年11月4日開催)

  • B06ユニット長 澄川伸一(プロダクトデザイナー)
     
  • B07ユニット長 安次富 隆(プロダクトデザイナー)
     
  • B08ユニット長 紺野登(デザインマネジメント)
     
  • B09ユニット長 安田幸一(建築家)
     
  • B10ユニット長 森山明子(デザインジャーナリスト)
     
  • B11ユニット長 田中一雄(環境・プロダクトデザイナー)
     

■ ユニットB06(生産や物流に用いられる機器・設備など)審査講評

澄川:B06ユニットは、いわゆる産業機器、工場の中の大型の機械や、クレーン車とかトラクターから、ハンマーとかスパナといった工具までを担当しました。デザインというと一般的には、格好いいとか、これから何がはやるとか、そういう割と表面的なところに限定されがちですが、実はふだん目にすることのできない工具や工場の中の設備にも表面的なところにとどまらない骨太のデザインが強く浸透しています。
今回、B06ユニットの審査基準としては、「人間性」にウエートを一番高く置きました。人間性とは、産業機械の場合、操作する人がいかにストレスなく使うことができるかということです。ですから、安全性に強い懸念が見受けられた場合、グッドデザイン賞受賞を見送りました。逆に、安全であることが最低限のボーダーラインです。
また、例えば、卓越した技能を持った熟練のおじさんがやめてしまったら、次にこの機械を操作できる人がいなくなってしまうのでは困るわけです。操作の簡略化で技術の引き継ぎができるとしたら、それも「人間性」の中に加えています。
B06ユニットの中ではオフセット印刷機(受賞番号08B06053)が大賞候補に残りました。この印刷機は、通路の部分にビスが1本もないので、つまずいて転ぶことがないし、メンテナンス性も非常によい。ユニットの下の部分が削られているので、通路部分を行ったり来たり、走り回る時でも危なくない。そういったメリットがあります。それから、ユニットそれぞれにはLEDのランプがついていて、事故が起きたときなどに、どのユニットの何が調子悪いのか、一目で識別できるようになっています。一方で、近頃、印刷物がすごく減り、雑誌もどんどん休刊になっている。ブログ文化の興隆の陰で、多種多様の文化に対応できる紙媒体が少なくなってきている。そんな中、この印刷機は版の交換を本当に簡単にできるという、新しい多種少量印刷機能を持っています。それによって、インターネット文化に押されてなくなりがちな紙媒体の文化をもう一回引き上げてくれる、そんな期待も込めて評価しました。
もう一つの柱としてエコ。「エコ」という言葉がどこでも出てきているけれども、流行で終わらないエコの要素をこのカテゴリーにどんどん入れていきたい。例えばJUKIさんのミシン(受賞番号08B06022)。これは、昔からの形や操作の手順をあえて変えていないので、昔から使っている人がそのまま使える。ただし、消費電力は旧モデル3分の1になっているというエコ。これも高く評価しました。「人間性」をメインにした審査基準と「エコ」という一つの共通項で審査しました。
また、形が非常にきれいにまとまっていて、レイアウトもきれいだけど、実物を見ると、例えばプレスが甘くてアールがだれているなど、デザイナーが関与できない部分で品質が落ちていて、受賞を見送ったものもあります。最終的な評価は今述べてきたような観点で、バランスを勘案した上で審査したととらえていただければと思います。

■ ユニットB07(店舗アミューズメント、オフィスで用いられる家具・設備など)審査講評

安次富:B07ユニットでは、オフィスで用いられる事務用品と家具と設備といったものを審査対象として扱っています。審査では、「品質」と「先進性」と「有用性」の三つの項目を重視しましたが、これらの審査対象には、新しいテクノロジー云々ではない成熟商品が多いので、「それプラスアルファ」の部分の要素がかなり重要になってきています。気になった事例を取り上げながら少しお話ししたいと思います。
まず、ゼブラさんのニューモティー(受賞番号08B07004)というペン。ボディの部分が非常にやわらかい素材でできていて、持った瞬間に非常に使いやすい、使ってみたいと思わせました。なおかつ、例えば、キャップの上のほうに穴があいて、子供がそのキャップを飲み込んだときに気道を確保できるような工夫とか、すごく細かなところまで神経が行き届いていて、かなりおもしろいと思いました。
良品計画さんの水性ペン(受賞番号08B07010)。ボディのカラーがサインペンの色をあらわしていて、しかも、形状は六角形という転がらない形になっているだけでなく、キャップを後ろにつけられるようにちょっとだけテーパーをつけている。本当に最小限度の手数、小さなエネルギーで、大きな目的をちゃんと達成していると思いました。
それから、マックスさんのハンディータイプのステープラー(受賞番号08B07019/08B07020)。小さいながらも、30枚ぐらいのコピー用紙を一遍にガシャッととじられる。最初はにわかに信じがたくて、実際に使ってみて非常に驚いた。本当にわずかな力でとじられることに、審査委員の間で感嘆の声が上がった商品です。
次にプラスさんの修正テープ(受賞番号08B07016/08B07017)。私は修正テープを使うのがものすごく苦手なんですが、これはペンシルタイプで非常に使い勝手がよくて、前後どこに動かしても使える。使ってみるとすぐわかります。見ただけではわからない商品の特徴がありました。
それから、コクヨさんの会議用テーブル(受賞番号08B07040)。会議用テーブルは私も結構よく使うんですが、コストダウンなのか、機能的には全部そろっているのに、フォルムに関してはそれほど気を使っていないものが多かった中で、これは本当に美しい造形で、使い勝手もよくて、審査委員の間でも話題になりました。
もう一つ、荒川技研さんのワイヤーハンギングシステム(受賞番号08B07053)。ワイヤーで棚をつる、そのストッパーの金具です。今までこういうのをよく使っていたんですが、その中でもこれは非常に使い勝手もよく、しかも金具自体が気にならない。棚が宙に浮いているように見えます。すばらしいデザインだと評価しました。
うちのユニットの審査対象には、既に成熟し切っているものが多いんですね。成熟だからといって、そこに何かおまけ的につけているものもいっぱい見られる中で、今取り上げたもののように、もっとよく見ていけば、まだまだ開発の余地がある。そう感じられるものが合格したというのが今年の印象でした。
最後に、重視した3つの項目についてですが、「品質」とは、見た目の美しさ、質感に加え、価格に対する品質つまり値段も含みました。「有用性」とは、操作性や機能性。性能も有用性として見ました。「先進性」とは、ホワッツ・ニューの部分。何か新しいものが加わっているのか、環境問題に対するサステナビリティーとか、ユニバーサルデザイン的なこととかまで含めて新しさがあるかどうかを見ました。

■ ユニットB08(ソリューションビジネス、サービスシステムなど)審査講評

紺野:B08ユニットは、ソリューションビジネスとサービスシステムが審査対象で、これまでグッドデザイン賞にはなかったジャンルです。逆に、これまでなかったのが不思議なぐらいですが、具体的な代表選手は、宅急便(受賞番号08B08001)、クリエイティブ・コモンズ(受賞番号 08B08003)、Salesforce.com(受賞番号08B08016)、おサイフケータイ(受賞番号08B08002)、JRの駅内案内板(受賞番号08B08013)、ビジネス顕微鏡(受賞番号08B08017)などです。グッドデザイン賞が、サプライサイドからディマンドサイドに立ち位置を変えたことで生まれてきた新しい領域です。いわば無所属新という感じで、まだ一番小さくて、これから育てていかなきゃいけないというところです。
最近の経済情勢を見ればおわかりのように、情報をただ左から右へ流すようなレバレッジ思考とかロジカル思考では経済が成り立たなくなってきて、イノベーションとかアイデアの時代に入りました。まさに知識の時代に入っている。こういう中で、知識や世の中とのかかわりでITをうまく使う。こういったサービスやシステムに対してデザインという視点で評価をしていこうというのが、このジャンルが登場した背景であります。
つまり、評価の基点が根本的に違う。質の高い物の評価ではない。質の高いサービスやシステムをどう評価するかということになると、生活者一人一人の好みではない。社会全体に対して何かよいことを求めている。我々は「共通善」という言葉を使いましたが、「common good」ですね。サステナビリティーとか、環境とか、うまく何らかのサービスを受けられる、そういう視点でデザインを考え、評価することにしました。
中でも都市型生活が非常に大きなテーマになりました。今世界中で都市化が進んでいます。この都市型の生活に対してどういうデザインを提供していくのかというのは、日本だけではなくて世界じゅうのビジネスが考えなければいけないテーマで、このあたりを模索していこうというのがこのユニットのチャレンジです。といっても、それはなかなか難しいわけです。ITのインフラとビジネスモデル、そして何らかのコンテンツをうまくインテグレーションして、経験やプロセスとして提供する。この「経験やプロセスのデザイン」というところを評価することに最終的にはなっていったわけです。
結果的に幾つかのジャンルが出てきました。代表的な一つが知識情報サービス。Salesforce.com、クラウドコンピューティング、 SaaSとか言われているような新しいジャンルです。JRの駅内案内板のように、どうやって人々に対して情報を的確に伝えて、より安全で質の高い旅行経験を与えるかといったものも含みます。 もう一つがプラットホームサービスです。GoogleでもAmazomでも、今データセンタービジネスが急成長しているわけですが、そういった都市型サービスを支えるソフトやハードの情報のインフラのサービスのことです。富士通のデータセンター(受賞番号08B08011)とか首都高の交通管制システムなど(受賞番号08B08018)、サステナビリティーを追求する目的のタイルカーペットのリニューアルビジネス(受賞番号08B08005)などもこのプラットホームサービスに入ります。
それから社会にとってよいこと。おサイフケータイから始まって、子供の安全の連絡網(受賞番号08B08008)のようなものまで、セーフティーとか、セキュリティーをつかさどるソーシャルサービスです。
知識情報サービスと、プラットホームサービスと、ソーシャルサービスという形で具現化されたさまざまなソリューションビジネスやサービスシステムを、我々は結果として選びました。
評価のポイントは三つあります。まず、ITというのは、昨日まであったことをちょっと改善するのではなくて、劇的に改善するというのが本質です。その意味で、人々や社会の課題を解決している「インパクトの高さ」、あるいは「イノベーション」、そして先ほど挙げました「共通善」。まだ形にならない新しいジャンルですが、こういった視点で選びました。
我々としては、改めてソリューションビジネスやサービスシステムという視点ですべてのものを見直して、縦割り型ではなくて横串の視点で見ていかなければいけないと反省しております。今は途中段階の新しい領域として、ソリューションビジネスやサービスシステムをぜひ立ち上げていきたいという意気込みでやっております。
冒頭にも申し上げましたけれども、物づくりだけでは日本の競争力は限界を迎えています。したがって、物づくりに加えて、情報知識サービスとかプラットホーム、こういった新しいジャンルをつくっていかなければいけない。同時に、これは非常にグローバルな領域ですので、この活動に賛同いただいて育てていただきたいというのが、我々審査委員側からのメッセージであります。

■ ユニットB09(オフィス、商業設備、生産施設など)審査講評

安田:B09ユニットを審査いたしました。私たちの審査対象は建築ですが、建築はプロダクトとは違いまして、全く一品生産になるわけです。一つ一つを丁寧につくっていくしかない分野、大量生産を目標としたつくり方とは一線を画したところがあります。その辺をどう評価するかということになってきます。
一品一品生産ですから、建築の場合はすべてが特殊解なんですね。ただ、グッドデザインで評価するべきものは、その特殊解の中から一般解を見出すようなもの、特殊な条件の中でも今後も使えるものや都市に有用なもの、見た目は派手ではないけれども新しい空間を生み出しているようなもの、そういったデザインではないかと我々は思いました。
今年は、美術館や公共建築がB11ユニットの田中さんのところに移動したので、我々はオフィス、商業施設、生産施設といった一見すると地味な分野を扱うことになりました。ただ、地味というのは悪いことではなくて、本来建築がつくっていくべき都市をいかにつくっていくべきかという態度が非常によくあらわれているものが随分ありました。建築が都市を変えていくときには、私が、私がというふうに、前面に出ていって変える手法もありますが、我々は、積極的に都市を守っていく優しい態度のほうが望ましいと考えています。実は建築というのは非常に正直で、そういった態度が顔にあらわれるものです。ですから、企業のコーポレートコンセプト、精神、立ち位置みたいなところから、建物の正面のファサード、空間のつくり方、建築の考え方まで、非常に素直に感じとれました。
建築の賞はたくさんあります。その中で、グッドデザイン賞としては、オフィスは仕事をする場、商業空間ではお客さんが購買欲を持ってくれる空間、そういった簡単な図式で選ぶのではなく、都市を守っていくという少し控え目な態度で、ただし、それが将来にわたってサステナブルであったり、あるいは企業の精神が見えてくるようなものを積極的に選んでいこうというポジティブな態度で審査をしました。
今回、おもしろいものがありました。例えばSIA青山ビルディング(受賞番号08B09025)。これは、ぽつぽつと四角い穴があいているだけの、何階建てかがわからない建物です。一般には窓の大きな建物の方が好まれますが、この建物では実際の熱環境的なこと、光の制御の問題、免震構造などを非常に高いテクノロジーのもとに成立させている地道な努力が見えたので、我々としては非常に高く評価し、結果的には金賞をいただいております。
もう一つは<GYRE(受賞番号08B09018)という商業建築です。表参道という、一流の建築家がすごくいいものを建てている建築通りみたいなところにあって、商業建築を真っすぐにつくるとどうなるかという解答のようなものです。一層一層のフロアを全部回転させることで(GYREというのは回転という意味)、あいまいな外部空間や、内部空間のおもしろさを保ちながら、外観は道沿いに切り落として、派手な状況をつくり出していない。表参道の街並に対して割り込んだ感じではない。建築として新しい空間を生み出している状況が発見できました。
ですから、特殊解ではあるんですけど、何か将来の商業建築に対しての一般解を提示しているのではないか。紺野様からの共通善というお話に近いようなことを考えたわけです。

■ ユニットB10(医療、福祉、教育、公共空間で用いられる機器設備など)審査講評

森山:B10ユニットの審査対象は、大別しますと、医療・福祉、教育・人材育成、公共空間で用いられる機器設備の三つのカテゴリーから成っております。
同じ産業・社会領域の中のB06ユニットと対比していえば、B10ユニットの審査対象には必ず複数の立場のエンドユーザーがいるということが特徴です。医療領域では、専門家はもちろん、患者にもベネフィットがなければなりません。教育・知材は、子供から大人も使うわけで、インストラクターや、知育・教育の専門家も想定できる。公共空間で用いられる機器(照明、街路灯、公共機関のスピーカー等)では、メンテナンス等の専門家も考えられましたがエンドユーザーに重点をおいて審査しました。3種類のカテゴリー、フロントユーザーとエンドユーザー、大きいものから小さなものまで、このようなものが集まったユニットがB10ユニットだと私は理解しております。
評価の基準については、五つの審査理念の中でも、とりわけ「ヒューマニティー」と「オネスティー」を重要視しました。非常に高額なものや世界最高性能という応募対象でも、エンドユーザーのベネフィットを最も重視したのが今回の審査であります。
実際のものに沿って少しご説明をしましょう。
医療については、CT診断装置(受賞番号08B10011)のような億を超える高額機器を見て、いつかこういうもののお世話になるかもしれない、こういうものが私たちの現在、あるいは近未来を支えているんだという実感がわき、実物をビッグサイトに持ち込んでくれた応募企業に対して敬意を表しました。
鼻から挿入して診断を行う内視鏡(受賞番号08B10004)は、一目見て「わあ、すごい」というようなものではない。けれども、患者の負担をいかに小さくするかということで、競合他社とも協力して、麻酔や挿入方法についての研究会を組織するといったデザインマネジメント、我々のクオリティー・オブ・ライフのための共同作業が開発プロセスに盛り込まれたことに大変感銘を受けました。
2番目のグルーピング、教育遊具では、レイメイ藤井さんのコンパス(受賞番号08B10035)。私にはコンパスにキャップがあったという記憶がなくて、これを見て、「そうだ、コンパスにキャップがあるというは安全や使いやすさの点で重要なんだ」と発見しました。
デザインマネジメントのような観点では、四万十ヒノキの積み木(受賞番号08B10042)です。毎年の応募を通じて、大きくはないでありましょうその企業のデザイン上の進化が見えることが、我々審査委員を喜ばせました。審査委員の中では、日本初のギフト商品の定番になってほしいという声が上がりました。
ヒューマニティーとオネスティーを重視したという今年の審査の一端を感じていただけたら幸いです。

■ ユニットB11(公共建築、土木環境、都市計画、街づくりなど)審査講評

田中:産業・社会領域を非常に大ざっぱに言うと、これはコンシューマー向けではないというもの。その中でB11ユニットは、公共建築、土木環境、都市計画、街づくりなどが審査対象となりました。審査では、その応募対象が、その場に暮らす、あるいは活動する人々にとって、どのような価値の発信があったかということを評価の基準としました。
世界に数あるデザイン賞の中で、グッドデザイン賞ほど幅広く対象をとっている賞は無いのではないかと私は思います。これは、デザインという行為にかかわるものはすべて共通であるという観点から成り立っている。生活の質を向上させるという意味で、デザイン行為が社会に奉仕をしていくという内容が共通している結果だと思います。
私はグッドデザイン賞のお手伝いをさせていただいて何年かになりますけれども、年々少しずつ審査領域は変わっています。なぜ変わっているかというと、よりよい物の評価のあり方、暮らしをどう切り取るかということを考えることによっているんだろうと思います。今年は、サプライサイドからディマンドサイドへと立ち位置を変えたということで、生活をしている人々にとって、グッドデザイン賞というもの、あるいはプロダクト、デザインというものが何であるのかということを考える良い場であったのではないかと思います。
そういう中で、B11ユニットは、昨年までの環境ユニットに建築が加わったような形です。美術館や学校なども一般不特定多数がかかわるということで、このユニットに区切られたんだろうなと解釈しています。
建築については、作品としての美しさではない、価値発信を重視して評価をしようということが審査委員の共通の理解となっていました。市民の参加によってどういう生きた場ができるか、あるいは、地球環境に対してどう貢献できるかという価値発信こそが重要であろうという考え方をとっています。この「価値発信」は、先ほど紺野さんのお話にありました「共通善」あるいは「common good」とつながっていく話ではないかと思います。それが、グッドデザイン賞の「単に美しさだけではない」との価値感に重なっています。 個別の応募対象の建築物では、サステナブルな面で幾つか見るべきものがありました。ただ、それが、今日的な技術の中で突出しているかなどの問題で、最終的には特別賞になっていないものもございます。
建築物以外の応募対象には、土木にかかわるものが多いんですが、公共事業の経費節減の中で、デザインの持っている大切な価値までも一緒に切られてしまっているように見受けられました。グッドデザイン賞はこれだけ幅広いデザインの評価システムを持っているので、これからも、こうした都市環境や土木という世界をもっと元気づけていってほしい。多少難しさはありますけれども、乗り越えて、この世界がもっと発展してほしいなと思います。
私は、個別のコメントをせず、全体観としての話をさせていただきました。

■ ディスカッション

司会:田中先生が最後におっしゃっていた「美しさだけではグッドデザイン賞じゃないよね」というあたりが審査の本質的な話だと思うんでが、この話題から入っていきたいと思います。

田中:「だけではない」というところが大事で、「美しさではない」とは言っていない。美しさは当然重要ですが、「美しさ」に対する評価と、「だけではない」と言ったときに含まれるものは何かという話が議論の対象じゃないかと思うんですね。

澄川:B06ユニットの一般的に目にする機会が極めて少ない応募対象では、「デザイン」という言葉自体すごくあいまいで、最終的にいかに便利なものをつくるかがデザインではないかなと感じています。
ドイツに、あらゆるデザインの賞をとっているハイデルベルグという印刷機のメーカーがあります。彼らは、きれいでしょう、美しいでしょう、その一点張りなんですね。機能の説明よりも美しさを押し出してくる。一方で、物自体をなでまわすようにじっくり見て、道具としての使いやすさはどうか、安全性はどうか、というところまでを丁寧に見ていくのがグッドデザイン賞の審査かなと僕は感じています。
美しさという話からいいますと、この旭金属工業さんのレンチ(受賞番号08B06004)は、指がかかる部分がちょっとそいであるんですね。それだけで非常に持ちやすくなっていて、また軽量化もできている。剛性を保ちつつ極めて使いやすい工夫がされている。だから、道具としての完成度を追求していった結果として美しくなったというのがデザインの過程であって、最初から美しさを求めていくデザインアプローチは過去のものとなった気がします。
今回、ヤマト便が受賞対象に入っています。私もよく利用するのですけれども、荷物の受け渡しが簡単にできる。すごく楽なんですね。先ほど紺野さんの「共通善」という言葉がありましたけれども、別な言い方をすると、個人の欲求を満足させることが実は社会のためになっている。そういう逆転現象みたいなものをすごく感じました。美しくまとまるというのはあくまでも結果の一つであって、「その行為自体を美しく」というのがデザインの基本であると感じました。

紺野:宅急便(受賞番号08B08001)の話が出ましたので補足的ですが少し触れておきたいと思います。私たちはソリューションビジネス、サービスシステムの代表として宅急便を選んだのですが、この宅急便というのは、単なるロジスティックスとかサプライチェーンマネジメントではない。ただ効率的に物を届けるわけではなくて、ユーザー各世帯のニーズをとらえて、非常にきめ細かくイノベーションを繰り返していく。実は日本独自のイノベーションです。
近いのは多分セブン-イレブン・ジャパンだと思うんです。コンビニエンスストアというシステムは向こうからとってきているけれども、非常に日本的なものをつくり上げた。こういったものがデザインだと思うんです。単に機能じゃない。宅急便では、情報技術も使うけれども、最終的には、個々の世帯、さらには社会全体のことを考えていくということで、もともと日本の社会、文化が持っていたよさをうまく取り入れながら、まとめていったということだと思うんですね。
振り返ってみると、産業・社会領域における「デザイン」というのは、表層的にぱっと見てわかるタイプのものではないと思うんです。その背景にあるいろいろな考えとか思想、どんな経験をつくり出しているのか、そういうことも含めて評価する。そういう意味で、澄川さんがおっしゃっていたように、かなり眺め回すようなグッドデザインのあり方、賞のプロセスからじゃないとなかなか拾えない。グッドデザインのグッドは、まさにcommon goodのグッドではないかということを、とりわけこの産業・社会領域においては感じた次第です。

安次富:私のユニットでは、イトーキのLANシート(受賞番号08B07028)が金賞をとり、大賞候補にもなっています。これなどは、「美しさだけではないよ」という代表的なものだと思います。このLANシートは無線LANと有線LANの中間、シートから1メートルの範囲だけで無線LANが使えるものです。1本の線を使ったものを1次元通信、無線LANを3次元通信とすれば、これは2次元通信と言えるものだと思うんです。使える場所が目で見てわかるということがものすごく大きなポイントです。見た目にも美しさがあり、なおかつ、これからの可能性を感じる。今後ロボットの中に組み込まれてくるパーツ、そのパーツの情報交換とかにも、こういうシートを使えるだろうと思います。LANシートは領域を超えて可能性を見せてくれているところが非常に大きなポイントなのかなと感じました。
美しさだけではない、というところで非常に重要だと私が思うのは、ディマンドサイドから何が必要とされているのかということをよく考えることです。それがわかれば目的が明確になり、それに対して解決策、新しい提案が出てくると私はとらえています。

田中:美しさだけではないというと、じゃ、値段ですか、機能ですかというという話が結構多いんですね。今までより30%コストを削減しました、機能がこれだけよくなりました、だから、グッドデザイン賞を下さいと。LANシートは、セキュリティーの問題や用途開発の可能性で価値発信をしている。「美しさだけではない」とは、機能の追加でもない、まして値段でもないというところを加えておきたい。

森山:審査の理念の五つの中に、「美しさ」と日本語では言っていないんですけれども、「エステティックス(aesthetics)」という英語が入っていますから、「美しさ」はグッドデザイン賞の価値の一つであるのも明らかだと思うんですね。じゃ、何で日本語で言っていないかと言われると、送り手の側が「これは美しい」と言って差し出すものではなく、ユーザーに美しいと受け取ってもらえる、そう期待されるものがエステティックスだと考えたからだと思うんですね。私どもB10ユニットには教育用途のものもありますので、創造力を喚起することがこの分野のデザインの非常に重要な点です。この産業・社会領域の中にもそういう側面があるということと、グッドデザイン賞の審査理念の中にそういううたわれ方をしているということを、つけ加えておきたいと考えます。

澄川:金賞に残っているものを客観的に見ると、昔あったものをイメージチェンジしただけではなくて、何か文化的な背景が必ず存在している。例えばイトーキさんのLANシート。去年あたりから個人情報の扱いがかなり変わってきている。そういった背景があって、このLANシートが出てきている。印刷機(受賞番号08B06053)にしても、インターネットメディアに対する紙媒体のバックアップという思想が根底にあったので、ただ格好いい印刷機をつくったから金賞になったのでは全くない。結果的に美しくまとまっている。ということです。
私のユニットに応募された表示が加わったスイッチ(受賞番号08B06003)。大地震が起きたときなど非常時にこれが脱出の表示に変わるとか、さまざまな可能性を秘めている。世界中のスイッチの数を考えると、ある種革命的な要素を秘めている。こういったものは、スタイリング以前のアイデアの部分が評価されて残っている訳です。逆に、デザイナーの力量がすごくあって、きれいにまとまっているけれども、文化的な部分、使い勝手、つくり込みの部分でもう一つかなというものの評価は相対的に低い。
もう一つはハンドドリル。実際のユーザーがこのスタイリングを望んでいるというデータがあるがゆえに、今のような状況が生まれてきているわけですが、決して美しいという感じではないんですね。しかし、近頃は女性が大型のトラックを運転したり、こういう工具を使ったりするので、審査では、手が小さい人でも大きい人でも使えるものであるか、重量バランスが良いか、そういうところを判断基準としました。これで形が洗練されていれば、本当にいいんですけども、そういうバランスがとれたものはまだなかなか出てきていません。
それから救急車とか消防車。これらは格好いいと言うよりは、信頼性があって壊れにくいほうが優先されると思うんですよ。その点、ドイツのものは、機能もすばらしいし、見た目もすごくきれいにまとまっているんですね。こういう部分は日本はまだ過渡期なのかなと思いました。
けがをして松葉杖で生活をしていると、エスカレーターについても考えさせたれます。最近のものはすごく進歩していて、危険なゾーンに黄色い色がついているとか、フラットな部分がちょっと長くなっているとか、すごく工夫がされている。車にしても、ただ小さくしましたじゃなくて、いろんな背景を考えて、小さくする理由が今までとちょっと違う。安く買えますよ、という理由じゃない小ささがあります。いわゆるエコ的な部分ですね。そういう部分がないと、金賞の土俵にはのれない。今までノミネートされた車よりも今年の車はそういう傾向がはっきり出ていると思いました。

紺野:「共通善」に関していえば、グッドデザインというのは経済的文脈の中で出てきたもので、それがただ「共通善で美しいね」というだけでは美し過ぎるわけで、企業や経済、産業・社会にとってある種の利益をもたらさないといけない。しかも、サステナブルでないといけない。
知識社会への転換、あるいは知識経営の転換という時期にあって、例えばソリューションビジネスや、サービスシステムの中ではクリエイティブ・コモンズ(受賞番号08B08003)、先ほど申しましたSalesforce.com(受賞番号08B08016)、富士通のデータセンター(受賞番号 08B08011)とか、こういうものが出てきたのには背景がありまして、「サステナブルにビジネスをやっていく」ことも念頭に入れていることを忘れてはいけないと思います。
一方、サステナビリティーという言葉が最近はやっているんですけれども、サステナブルだからもうからなくてもいいというような理解は大間違いでありまして、近頃、サステナブルが利益をもたらすというように理解がどんどん変わってきています。サステナビリティーという言葉をそういう意味で僕らも使っています。
そういった背景の中で、あえて美の問題について言うと、ある意味では美しくないといけない。ただ、そこで言う美しさは、表層的なぱっと見た美しさではなくて、人間中心主義、人間にとってよいのかというのが大きな判断基準だと思うんですね。
例えばインドやバングラディシュのグラミン銀行みたいなの。グラミン銀行というのは、貧者の銀行で、これは共通善から始まっています。ムハマド・ユヌスという経済学者が、貧しい人々がどうしようもない生活をしているので、マイクロクレジットをやろうと。これは一種の金融イノベーションです。ここでは返済率が非常に高いんです。このグラミン銀行は非常に安定しています。なぜかというと、貧しい人は一生懸命働いてお金を返すからです。お金持ちは、地位を利用して、お金を返さずに踏み倒します。資本主義経済ではリーマン・ブラザーズになっちゃいます。ですから、共通善というのはイノベーションの出発点なんです。実は多くのイノベーションがこういった共通善的なところから出発しています。
もう一個、美的判断、美学ということを前提に共通善に向かっても、現実はすぐにはもうからない。到達したい共通善と、今のビジネスの全体と部分を行ったり来たりしながら経営者は悩むわけですね。その過程でデザインといったものが非常に大きな力になるんじゃないかと思っているんです。

安田:経済との関係で、共通善よりは共通悪だと思えば、かなり簡単な話がいろいろとあります。悪いことをまず避ける方をやらないといけないのではないかと僕は考えています。
今日は建築だけの話じゃないですけど、建物をつくること自体、ものすごくCO2を発する。木をぶった切って、コンクリートをがんがん流すわけですから、熱も発生するわ、ひどいことだらけですよね。空調機をつけるとすると、結局コストの関係で、1部屋10万円ぐらいのエアコンになってしまう。違うシステムを何回も何回も提案するんですよ。ところが、最後はけたが一つ変わってくるわけですね。1部屋100万とか200万あれば、地球環境にすごく優しい空調が提案できるんですが。結局、みんな努力したからしようがないよということで終わってしまいますが、実は、この分野は社会の問題とすごくつながってくるわけです。社会がどういう方向に動いてくるかということを、我々つくり側もエンドユーザーの立場として見きわめていかなきゃいけない。僕らは建築屋ですから、クライアントにどこまでちゃんとお話しできるか、説得できるかという説得力の話になってきて、デザイン能力というよりは、物のあり方みたいなものの説得性がどこまであるか、ということに行き着いてくるのかなと思います。
建築は伸びていく産業ではないんですね。今まで日本の産業の20%ぐらいが建設人口だったんですが、ヨーロッパなんかは多分10%ぐらいです。これからはその10%の人たちがサステナブルに自分で食っていかなきゃいけないんですが、そのためにも、社会全体が食えるようにしておかなければいけない。全体の産業の中での位置づけを考えていかなきゃならない時代がやってきているんだなと思います。

森山:日本のデザインというのは若者あるいはコンシューマーグッズ中心で長くやってきたのではないか。そういう一面はだれもが感じるわけですね。我々は多くのデザインを自分が選択していると通常は思っている。パソコンも選んで買っています、携帯も買っています、車も選んで買っています、ファッションはもちろん自分で選んで洋服を買っています。そう思っているんですけれども、よくよく考えてみるといかに選択できないデザインに囲まれて生活しているかということに気がつきます。教育・公共製品のようなもの、私がずっと審査を担当してきた分野なんですね。このような個人では選択していないデザインこそが、国やコミュニティーのデザインの本当のバロメーターなのではないかという気がとてもしています。
このグッドデザイン賞でいえば、産業・社会領域の応募がもっとふえ、あるいは質的には何かもっと確度のあるものが出てきて、それが受賞することによって、もっと多くの人々にこの分野のデザインの重要性が喚起されるというようになることを望んでいます。それがこの賞の存在理由の一つだと思ったりしています。

安次富:最近気づいたことで、公共の場や街の中で一番多く使われている漢字は「禁」じゃないかと思いをしているんです。「禁煙」、それから「駐輪禁止」「駐車禁止」、電車の中は「携帯禁止」。「禁止」という字があっちこっちに並んでいると思うんです。
いつからそうなったのかなと思っていてグッドデザイン賞の応募対象を見ると、うちの部門に限らず、何かを守る、セキュリティーもそうなんですけど、自然を守る、健康を守る、清潔を保つみたいなことも含めて、守りをテーマにしているものが多かったと思うんです。さっき紹介したLANシートも、個人情報を守る。これは、禁止されなくてもいいように、逃れようとするところを目指しているのではないかなと思ったんですね。
美しいって何だろうというところともちょっとつながるんですけども、禁止することに対して神経を使わなくて済むように守っていくようなデザインの方向性というのは確かにあるんです。それはそれでよくて、評価もしているんですが、この領域の未来がこの方向だけじゃちょっと寂しいなと思っていて、もうちょっと人の生活を豊かにするとか、楽しくするとか、つくっていく、創造していくという方向がほしい。守るに対して攻める、何か新しい生活を創造していくようなアクティブなものが、もっともっとほしいなと個人的には思っています。

田中:産業・社会領域はこれから伸びますよねと気楽なことは言えませんが、伸ばさなくちゃいけないと思います。そのときに二つあると思うんです。
一つは、成熟というものがまだ必要な領域があるという気がいたします。先ほどの消防自動車について、ここにドイツ人がいたら、美しいものはすぐれたものである、すぐれたものは美しいものである、だから、美しさを評価すれば、それでいいのだと言うんじゃないかなと僕は思いますけども、消防自動車も鉛筆も、単なる美しさじゃなくて、物としてすぐれた価値を持つというところまで成熟しなければいけないと思います。
もう一つ、この領域には行政の姿勢等も絡んでくる部分が大きくあって、国家予算をどう使うかというところまで最後は行っちゃうわけです。お隣の韓国では今非常にデザインブームになっています。ソウルが2010年にワールドデザインキャピタルに制定されて、先月、ソウルデザインオリピアードという非常に大きなイベントが、行政の大きな支援のもとに開催されましたけれども、これはかつてサッチャー政権のとき、イギリス病と言われた時代に、イギリスがデザイン政策によって不況を抜け出すということをやったこととタブって見えてくる部分があるんですね。
片や日本は、行政がデザインに金を使うことはほとんどない。これは、国であろうが、自治体であろうが同じであって、そうした部分の金の使い方に対してやはり物申していかなくちゃならないだろう。その結果この分野が伸びるということもまた出てくるだろうというのがもう一面あるように思います。

紺野:この領域は伸びざるを得ない。例えばSalesforce.comとか、マイクロソフトがクラウドコンピューティングに入ってくるとか、コンピュータの具体的なハードはあまり持たない方向になって、むしろソーシャルコンピューティングみたいな形になっていくわけですね。
今こういう経済状況で、銀行が国有化されるとか、多分社会主義的な傾向が強まる。いわゆる市場原理主義みたいなものが少し反省されて、むしろ市場原理主義的じゃない経済のいろんなモデル、例えば贈与経済とか、そういったものが出てくると、当然、社会産業領域はフロントラインになると思うんですね。このあたりで大きなイノベーションとかそういうものが起きるのはほぼ明らかではないかなと思います。そういう意味ではこの領域は大変重要なんです。あまりデザインの方法論が研究されてきたわけじゃないので、本当にグッドデザイン賞でそれを物にできるかとなると、つまり、グッドデザイン賞のこの領域が伸びるかどうかとなると、それはちょっとクエスチョンなんですけど、この領域が重要になることはほぼ間違いがないと思います。

司会:どうもありがとうございました。本当に白熱してしまいまして、ほぼ1時間講評会をさせていただきました。ほとんどパネルディスカッションになってしまいましたね。
長時間本当にありがとうございました。これで、産業・社会領域の講評会を終了させていただきます。