2008年度受賞結果の概要

2008年度グッドデザイン賞 審査講評会

第5回「情報の移動領域」(2008年10月31日開催)

  • C13ユニット長 村田智明(プロダクトデザイナー)
     
  • C14ユニット長 山中俊治(インダストリアルデザイナー)
     
  • C15ユニット長 戸島國雄(ジャーナリスト)
     

■ ユニットC13(個人が使う情報機器など)審査講評

村田:ユニットC13は、「個人が使う情報機器」ということで、主に携帯電話、ノートパソコンから、カメラ、シリコンオーディオプレーヤーなどの審査を担当しました。審査対象数が非常に多くて400点ほどありますので、書類審査はともかく、現物審査の時間が足りない。2日では到底無理でしたので3日間、審査委員も6人という体制で臨むことにしました。さらに、インターフェースをもう少し精査したいということで特別な試みを行いましたので、1つ1つの応募対象を見る時間は従来より少し増えたといえます。

全体的に見て、昨今のパーソナル情報機器を取り巻く状況は非常に厳しいものがあります。例えば携帯電話では割賦制が始まり、そうするとどうしてもユーザーの端末の買い換えのサイクルが長くなります。当然、売り上げに影響する。キャリアとしてもメーカーとしても非常にしんどいわけです。新商品開発に踏み切れないから、マイナーチェンジしかできない。その中でどのようなデザインをしていけばよいのか。このような状況だと、どうしてもCMF(カラー・マテリアル・フィニッシュ)、表面的なものをどれだけ新しく見せるかということが選択肢として表出してしまうわけで、今年は、そこで勝負するしかないというデザイナーの苦悩が垣間見えました。

そうした商品開発の背景にある事情をふまえ、どういった観点から応募対象を見ていくべきかを審査委員で論じ合いました。結果として2つの視点を大事にしていこうと。1つは、個人のパーソナリティーを高めてくれるような啓蒙性のあるものを評価すべきではないか、ということです。それを使うことによって個人のパーソナリティーを非常に高度に持ち上げてくれるもの。内的なエステティック、心を美しく保とうとする、内からも外からも美しくなりたいという気持ちに応えられるものという、美的な面からはそうした点を評価したいという気持ちがありました。もう1つは社会的な側面なのですが、最近よく言われるCSR、Corporate Social Responsibilityが表現されているかどうか。社会貢献という意味を踏まえて、文化的なものを持続して提供していこうとする志があるかどうかということ。この2点を審査の基本的な視点にすえることにしました。

具体的には、デザイナーがよりよいものを実現するためにどこまで努力したのか、どこまでかかわったのか、ということを努めて見ようとした。これは、われわれが「デザイン」と呼びたい知的作業のほとんどをエンジニアがソリューションとしてつくりあげ、デザイナーはそれに対して外観を与える。そういう図式ではなく、開発初期からデザイナーが関わり、ユーザーの行為をよく観察して、問題点が見つかればそれを解決していくような提案をデザイナー側がしている。それに応じるようにエンジニアリングデザインがなされている。こういう流れを私たちはできるだけ見ていこうとした。表面的なデザインではなく、エンジニアリングと一体となったデザイナーの取り組みに焦点を合わせ評価したいという思いが強かった。

このような視点からすべての応募対象を見ていったわけですが、特に携帯電話に関しては、インターフェースが、ユーザーのある意図に対してストレスを生むことがないように設計されているかどうかを検証したいということで、現物審査では、別途、あるテーマの操作手順の画面遷移の動画を事務局に提出いただくという、メーカーさんに対しましては極めて面倒なことをお願いしました。また、今年はウェブブラウジング元年と呼ばれる年だった。画面の解像度も上がりましたし、そうしたことを活かした操作性や使い方に非常に期待したわけですが、そこに突出した魅力をもった応募対象は今年はなかったのが非常に残念でした。

オーディオ分野では、非常に成熟した市場の中で新しい提案ということで高く評価したものが2点あります。一つめは、ソニーさんの「パーソナルフィールドスピーカー [PFR-V1](08C13141)」です。従来の密閉型ではなく、少し耳から離して空中で音を聞くような新しい聞き方の提案があったということで、新しいリスニングスタイルをつくりだしたと思います。もう一つが、シリコンオーディオプレーヤの「iriver U30」(08C13152)です。SPINNというものなんですが、マテリアル、それからインターフェースの使い方に非常にすばらしいものがあった。iPodとかiPhoneを追撃するような力のあるデザインを出してきたということで、非常に高く評価しました。

カメラの分野では、一眼レフ、それからコンパクトカメラという2大カテゴリーがありますが、今年はその中間に位置するような、高性能コンパクトカメラという分野が新たにできたのではないかという気がします。例えば、リコーさんの「GR DIGITAL II」(08C13067)は、道具としての完成度がシリーズを追うごとに高くなっている。道具としての進化を着実にとげてきた点を高く評価しました。

以上、われわれのユニットの大まかな審査概要にさせていただきます。

■ ユニットC14(家庭で使う情報機器など)審査講評

山中:私たちのC14ユニットは家庭用の情報機器が主な審査対象で、車載用の情報機器も担当しています。今年の審査にあたっては、内藤審査委員長からユーザー視点に立った審査にシフトしようという声掛けがありました。われわれ審査員はプロのデザイナーですが、未来のユーザーでもありたいということがあって、今現在では売れていないかもしれないけれども、未来のユーザーたちにはきっと福音だと思えるものとか、売れているけれども、未来のユーザーには必ずしもいいことじゃないんじゃないかとということを議論しながら審査していきました。少し具体的にいえば、情報機器ですので、主に外観と、その機器が扱う情報自体がどうユーザーに届けられるのかという両方を審査しなければならないので、基本的には通電し、ユーザーが実際にモノに接したときに起こることすべてを評価したいという視点で、できる限り丁寧に見ていこうとしました。

まずテレビですが、今年も多くの応募があり、電機メーカーさんにとっては重要な主力商品ですので、気合いが入っていてデザインテクニックを駆使して新しいものを作ろうとしていることがよくわかりました。実際フラットテレビになってからは「縁」ぐらいしかデザインするところがないのですが、縁、スピーカー周り、足といった部分に、さまざまなテクニックが使われていて、それらを丁寧に見ていったという状況です。トレンドという意味ではピアノブラック。テレビのほとんどがつやありの黒の微妙な曲面を用いたフレームが付いています。画面自体は、当然フラットディスプレイですから真っ平なわけですけれども、そこから先ほんの5センチほどの幅の間で各社いろいろな曲面を競っているという状況です。そのことをどう評価するか。1つ注目したのは、室内の光の拾い方でした。ユーザーにとっては、テレビのフレームがきらきら光ることがうれしいかどうかというのは考えものですよね。その中でただ、できのいいデザインは非常にきれいな光の拾い方をする。これはデザインがというよりも、一部のメーカーのものは残念ながら成型がデザインについていっていないのだと思うのですが、成型ひずみがいろいろなところにあって、光源がいくつかあると、いろいろな光を画面の周りに不思議な形に拾うようなものもある。非常にきれいな形で光が拾われていてすっきり見えることや、ある光がまぶしいと思えば位置を少しずらせば避けられるとかいうことも、ユーザーから見ればとても大事なことなんだろうなと。デザイナーの配慮がどこまで行き届いているかを1つの目安にして見ています。

結果的に受賞したものとそうでなかったものについては、正直に言うと、先に述べたような成型技術の差が結構影響したと思います。成型技術というのは単純にテクニカルな問題、つまりデザイナーの責任外の話ではなくて、デザイナーがどこまで成型技術にきちんとコントリビュートしたかということが重要なファクターになると認識しています。つまり、デザイナーが、こういうことをするとゆがむとか、こういう場所にはこういう形を入れると真っ直ぐうまく作れるということを知るべきだと思うんです。もちろん、各社とも試作を繰り返しながらなるべくいいものを作っているはずなんですが、メーカー間の差は結構ありました。これはオーディオ機器についても同様のことがいえます。

金賞を受賞したパイオニアのプラズマテレビ「KRP-500A/ KRP-600A」(08C14010)は、黒のつやありではありますが、3次曲面はほとんど使っていない、少し前までの流行だったアクリルを切り出して縁に使うというやり方です。真っ平なアクリルを四角く切り抜いて縁にするというテーマは、フラットな画面と相性がいいのは当たり前で、考えによっては非常に凡庸になってしまうデザインテーマなんです。多分デザイナーとエンジニアが共同で考えていったんだと思うんですけれども、本当に平凡でフラットなデザインアイデアを非常に丁寧に作り上げることによって、全体で見たときにある種すがすがしい品位が見えたとわれわれは感じましたので、あえてこれを金賞にした。また、今テレビが背負っているさまざまなトレンドに対するちょっとしたアンチテーゼになっているかもしれないとも思いました。

同じくテレビについては、周辺機器とのリンクについても丁寧に調べてみようとしました。ユーザーにとっての目の前に多くのリモコンが並ぶ好ましくない状況は相変わらず解決できていない。それがとてもきちんと解決されていて、しかも古いものや対応していないものに対してもある程度のケアがあるというロバスト性を備えたシステムになっているかという点も、一応見させていただきました。先行メーカーであるパナソニックのビエラリンクは、その点はとてもよくできていましたので、そうしたことも評価の1つの視点になっています。

カーナビでは、そこに搭載されているソフトウエアに対する評価のウエートはかなり高くしているつもりです。この分野のソフトウエアにはさまざまな工夫が施されていて、グラフィックでアイコンを非常に立体的に見せ、見え方のトランジションに非常に注力しているメーカーもあれば、アイコンそのものは二次元的表現で、階層構造や識別性の高さに注力してソフトウエアを組み立てているものなどさまざまです。それもできる限り時間を割いて見させていただきました。これも、実はメーカー間の差が結構大きくて、1社で何種類もソフトウエアを開発する余裕はないので、大抵共通プラットフォームにします。そうすると、どうしても共通プラットフォームの階層構造やグラフィックポリシーがその会社の商品全体に影響してしまう。実は、外観上の差というよりもこの差のほうが大きかった。少しそういうことも今回の審査には影響していると思います。それから、難しい問題だと思いながら見たのは、自動車メーカーの標準仕様、つまり自動車メーカーの車専用に作ったカーナビが応募されてくるケースが多いのですが、車に合うように外観はよくコントロールされているんですが、ソフトウエアの出来がよくないものがなぜか多い。事情を聞いてみると、メーカーさんのコストダウンの状況が厳しくてとか、高解像度のディスプレイが使えないとかいろいろな事情はあるみたいですが、そこで明らかに自社オリジナルのものとの差がついてしまっているのは残念なことだと思います。

そのほかの車載機器、新しいオーディオ機器、それから家庭用のプリンターなども審査対象なわけですが、これらについても1つ1つ丁寧に審査したつもりです。プリンターに対しても、幾つか操作方法の一貫性ということについても見させていただきました。ユーザーにとってどのプリンターも自然に使えるということも重要なので、そのあたりも丁寧に見たつもりです。受賞したものとそうでないものとの差は、そうした視点によるものが幾つかあったと思います。

大体そんなところが私のほうのユニットの全体像になります。

■ ユニットC15(産業・公共用の情報機器など)審査講評

戸島:このユニットの応募対象の中心になるのは産業分野で使うコンピューター、民生以外で使うAV機器、大きなもので言いますとサーバーの箱、オフィスで使う複合機、会議室に設置するプロジェクターといったものです。

先ほど、今年からユーザー視点に立った審査方針になったという意味では、使う皆さんは不特定多数の、特定の年代とかに偏らないもっと広い範囲で使う以外のところ、特定のものが誰がというようなものではないところで、主にハードに酷使されるものが中心になっている領域なものですから、特定のキーワードみたいなものがなかなか見つけにくいのですが、最初に審査員で話し合ったのは、きっちり作られているもの、しっかり作られているもの、手にしたり触れたりしたときにまず安心感が伝わってくるもの、それを的確に実現できているかどうかというところをきちんと見ましょうと。また、操作するときにできるだけ戸惑うことがなく、マニュアルを見なくても、普通の大人の感覚で操作したときに、間違いなく目的の操作ができるというガイダンスがしっかり施されているかどうかといったところもきちんと見ていきましょうと。大きく言って、ハードウエアでは安心感、ソフトウエアでは暗黙のガイダンスが施されているかどうかというところを見ていきましょうという2点を審査の目標にいたしました。 以下、審査で評価が高かったものを中心にお話していきたいと思います。

業務用のコンピューターの分野で、今回受賞したパナソニックさんの「CF-U1」(08C15009)は一見すると小さいキーが、触りにくくないかとか思うんですけれども、実際に私どもは、こういうものをやるときは手袋を何種類か持ち込んで操作するんです。一応3種類の手袋を持ち込んでやりましたけれども、非常に操作感もよろしくて、ホールド性も高く、安心感があって、何てこれはすばらしいんだろうと。だてにタフノートを作っていらっしゃらないということで、非常に感銘を受けた1台でした。パーソナルコンピューターの顔はしておりませんけれども、用途を限定すればまだまだいろいろな形の提案はこれから出てくるだろうと。実はこういう産業機器の中では地道にそういう提案をされているということがあって、普段はあまり目に付きませんけれども、私どもはこれを非常に高く評価したいと思います。

もう一つは、NECさんの無線アクセス装置「PASOLINK NEO/ c」(08C15011)なんですけれども、通信手段のない、主に災害とか何かの障害のときに持ち込んで、木とか崩れかけた鉄骨にひっつけるようなものも視野に入れながら作られている製品なのですが、一見すると非常に流麗な形をしていて、着脱の部分の堅牢さはこの形からは想像もつかないくらいしっかりとしています。なおかつ、着脱のねじ、締め具合、手袋をした状態でどうだろうとかいうことをありとあらゆる角度から見ましたときに、これはよく作られている。これも現場で使う人たちのことをちゃんと忖度している。日本語で忖度という言葉は美しいといつも思うんですが、ちゃんとそういう人たちのことを考えて作られていますし、デザインされている。深く感銘を受けました。

次にインターネット会議などで使用するマイクスピーカーシステム、ヤマハさんの「プロジェクトフォン PJP-25UR」(08C15014)です。バリアブルアームを使っていて、指向性もある程度クリアされているとすると、本来だったらこういう羽の付いたマイクなんていうものが本当に必要なのだろうかと。これは、360度人が丸テーブルに座っているときはぐるっと開いて、羽を広げるようにして集音しますという趣旨なんですけれども、審査員の中には、一見するとこれは単なるギミックですねという意見もありました。私もそう思わずにいられなかったんですけれども、果たしてそうか。注目したいのは、見たときに羽を広げるという行為です。三々五々人が集まってきて、これから会議で海外の人たちお話をしますというセレモニー性みたいなもの。効能はさておき、そうした気分をうまく演出しようとしている。可動部のつくりも非常にしっかりとしていて、これも感銘を受けた作品でした。

セイコーエプソンさんのプロジェクター「EMP-400W」(08C15020)。これは見るだに大きなレンズが飛び出していて、大丈夫なのかという話もあることはありました。80型の画面を90センチの距離から投影できるという、非常に短焦点のレンズなんです。それを作るに当たってこういう形を提案するのはすごく勇気があることで、実は審査員の中でも随分これは意見が割れました。このレンズを搭載するということ自体が挑戦だと思いますし、私どもはこの挑戦を評価したわけです。
同じく短焦点型の液晶プロジェクターですが、日立製作所さんの「CP-A100J、CP-A100、ED-A100」(08C15023)は、さらに短投射距離のフロントプロジェクターで、焦点距離が25センチです。プロジェクターの市場は実はすごく枯れて落ち着いていた市場でありましたし、デザインにもあまり大きな動きがないところだったんですけれども、短焦点モデルがでてきたことによって、近年、非常に盛り上がってきている分野ですね。日本の住宅事情とか会議室事情を考慮しますととても大事になってくるかなと。自由曲面のレンズを使っているミラー構造が非常にシンプルで、メンテナンスが大変なのではないだろうかと第一に思ったんですけれども、日立さんらしくしっかりと作られていました。応募の情報もふくめ展示も工夫されていましたし、とてもいい製品だったと思いました。

もう1つ、高い評価を得たものとして東京電力さんの「グラッとシャット」(08C15040)があげられます。コンセントに普通に差し込んで、さらに火災の原因になるような電気ストーブの電気プラグを差し込んでおいて使用するものです。無線LANになっていまして、発熱器とか電気ストーブなんかを使っていますと、地震が来たときに何かが倒れたり上から落ちたりとかいうことで火事になるときに、親機のほうが地震を感知しますと、子機のほうが電流の流れをストップして、子機に接続された、ストーブ、アイロン、電熱線を使っている高温を発する電気製品の稼働を止めてしまうというものです。これは新しい提案でありますし、親機と子機の組み合わせで8,000円ぐらいということで、ボタンも2つしかありませんし、使うときにはお年寄りでも非常に使いやすいということで、21世紀の地震国家の中で既存の住宅をどうするんだ、電熱製品に埋もれている環境を地震に対して何とかしましょうというときの1つの解決策としては高く評価したいということで、これも印象に残った1つでした。

散漫に印象をだらだらとお話ししましたけれども、簡単に物を作れる時代ではありませんし、作っても簡単に売れる時代ではますますなくなってきましたし、そういう意味では、しっかり作ってちゃんとそれがお客様のところに届いて、お客様に作ったものとしてその価値が100%に近い形で伝わることがますます難しくなりつつあるのは事実ですけれども、少なくとも形に込めた皆さんの熱い思いは短い時間でも必ず伝わると私は信じておりますし、それはやはり物を作るときの基本中の基本だと思いますので、お忘れになっていただきたくないなと。こういうときだからこそ、形に込める心根は必ず伝わると信じていただけると嬉しいなと思いました。

■ 「情報の移動」分野の審査をめぐって

山中:この分野に共通するのテーマでもあるかなと思ったので、ソニーさんの地上・BS・110度CSデジタル有機ELテレビ 「XEL-1」(08C14009)をとりあげたいと思いました。有機ELのテレビで話題の商品です。新しい技術が現れたときに、どう見せるのが消費者を正しく誘導するのか、消費者にうまく技術の夢が伝わるだろうかという「未来感の見せ方」で議論になりました。みるからに薄い有機ELを片持ちで支えるということを実現することによって、従来にない見え方を見せたということでは、新しいデザインの試みなんですけれども、一方で、片持ちにする意味は何ということも議論になった。つまり、一見リンクでつながっていて自在に動きそうですけれども動かないというギミックが、一方で非常に難しいことをやって夢を見せているという評価もありながら、一方でこれはある意味ユーザーを惑わすものなんじゃないのという話もあって、まさに議論が分かれた。グッドデザイン賞は受賞して、非常におもしろい試みでけっこう高い評価だったのですが特別賞を受賞できなかったのは、まさにそれについて議論が分かれてしまったからなんです。短焦点型のプロジェクターなどもそうですが、新しいものが入ってきたときにどうデザインするというのは、情報機器の分野でデザイナーが考えるべきおもしろいテーマのひとつではないかと思いました。

戸島:個人的にはですけれど、「テレビじゃん」でほとんど終わっちゃうんですよね。できれば、表示デバイスですがEインクのような技術によって、私たちは新聞とか紙が工業化できないのかなという、そこを早く見せてほしいという思いが強くて、たとえば出版に携わっていると恒久的にあまり資源は使いたくないと思い続けてずっとやっているわけなので、もし出てくるのであれば、有機ELのもう一つ先を行く表示デバイスが出てくるまではテレビじゃんという話をするかなとは思うんですけれども、ちょっと言い過ぎでしたでしょうか。

村田:そういう表示素子、デバイスの話でいえば、富士通さんの電子ペーパー搭載携帯情報端末「FLEPia」(08C13160)をとりあげたい。電子ペーパー技術は、世界の新しいデファクトスタンダードになる技術だと思います。現在は非常に高価ですが、これがグローバル化されれば、在来型の印刷媒体がなくなってしまう。情報を書き換える瞬間にちょっと電気が要るだけで、無電源で表示することができるわけです。これは非常にサステナブルでエコ商品だと言えるということで、実現すれば革命的だと思いますが、富士通さんには悪いですけれども、デザインにもう少しがんばってほしかった(笑)。早くマーケットインして、コモディティー化したいという意思がこのカラーリングなどに表れているのかもしれませんが、実はもっとこのハイテクな商品の見せ方はあったのではないかということで、議論が分かれた商品です。ここまでコンサバに落とし込む必要はないのではなかろうかと。もっと未来は美しい、未来はすばらしいということを見せるデザインのあり方が本当はあったんじゃないかなとは思います。グッドデザイン賞は受賞していますが。

山中:なるほど。新しいものが入ってきたときの導入のさせ方は、確かに結構難しい。

村田:新しいものを新しく見せるというのは、実はデザイナーの力なんですよね。だから、そこをエンジニアさんと調整しながら理解の深さを求めていく作業は、実はデザインより大変なのかもしれないと考えています。

山中:もう1個。今度はスタイリングの話なんですけれども、液晶プロジェクターでソニーさんの「VPL-HW10」(08C14015)は実は造形的な評価は非常に高かったものです。複雑で難しいデザインテーマを用いながら、ほとんど破綻がなくて、ディテールまで丁寧に作られていて、高く評価する審査委員もいた。また、ビクターさんのD-ILAホームシアタープロジェクター「DLA-HD350」(08C14014)は、フルハイビジョンで200インチで映せる高性能なのですが、全然デザインの方向性が違って、通常は光軸を途中で曲げてコンパクトにまとめようとするんですけれども、まっすぐのままなんです。ですので前後長も長く置き場所には困るかもしれないけれど、その代わりに設置場所を上下左右にシフトしても投射画面をスクエアに保つような仕組みを持っていたり、そういう方向性で低コストで高画質を提供しようとしている。スタイリングにはそんなに凝ってはいないのですが、非常に率直に作られているということがおもしろいなと思った。

この2つに対して、まったく違うアプローチがサムソンさんの「SP-A800B, SP-A400」(08C14016)なんです。デザイナーがやりたいようにやれているという感じで、丁寧に見ていってもスタイリング上の破綻もないし、形のゆがみ、設計上の破綻もほとんど見えないようなスタイルなんですけれども、これは強い反対意見もあった。話題にしたいのはこの境界線で、これになると華美じゃないか。つまり、スタイルのためのスタイルになり過ぎていないかということです。この辺のデザイン上デザイナーがやりたいようにやり切っている、それから微妙にコストとのバランスを取るために抑えているというあたりのバランスの取り方が、とてもおもしろくコントラストとして出てきて、どれもグッドデザイン賞は受賞したのですが、われわれの間でも非常におもしろい議論になった部分だったので、紹介してみました。

村田:私の審査ユニットではサムスンさんのガラスライクな設計の小型液晶モニタ「T220」(08C13109)が見事だったのでグッドデザイン賞を受賞したのですが、これもよくよく聞いてみると、サムソン側の人がイタリアに行って、ベネチアンガラスというのを実際に見て触って、まずガラスで作っているんです。ガラスにしかできない表現をガラスで作って、それをできるだけ樹脂でやろうということで、金型を何回も作りなおしてやっとできたという。今日本でそこまでやるかなと思ったときに、頭が下がる思いでしたね。

山中:なるほどね。20世紀的には、美しいスタイルは素直に売れ行きを伸ばすためのものだった。だから、技術を格好いい美しいスタイルでまとめれば、みんなが買ってくれるという。そのために、デザインの役割は確実に20世紀的にはあったと思うんだけど、今世紀に入ってのデザイナーの役割を考えたときに、もう一回考えてみなきゃいけないなととても思った部分があって、スタイリッシュであることをどこまで認めるか。というか、認めるのは認めるんです。スタイリッシュであるに越したことはないんですけれども、それと商品の生活空間でのあり方みたいなものとがどう一致するべきなんだろうかということをすごく迷う例として、実はこれは挙がったんです。とてもスタイリッシュなんですけどね。

村田:どうも、私たちグッドデザイン賞の審査委員の悪いところでもあるというところは1つありまして、はすに構えてしまうんです。ほかの欧州の同様の賞だと、割とスタイリングを中心に見ていく傾向がある。それに対して、グッドデザイン賞は理屈を言い過ぎるんじゃないかと。ですから、ぱっと見たらデザイン性はあまり感じられないとしても、ただ、ずっとたどっていったときにそこのどこかにデザイナーの努力が見られる。確かにここでデザイナーの意図が入っているなと。そういうWill、意思がビジュアルとして見て取れる商品を僕は非常に評価したつもりです。これは極めて日本的だと僕は思うんです。今後日本がワールドマーケットに出ていって、実際にもう一回メード・イン・ジャパンとはこういうことだということを言おうとしたら、かつてのエンジニアベースのメード・イン・ジャパンではなくて、もしかしたらWillというか意思をビジュアルに表現していく力を持っている。これが日本のデザインではないかと今思っています。ただ一方で、もっとわれわれは審美性、美しさも一方できちんと見ていかないと、一体デザインがこの商品のどこに潜んでいるのか分からなくなってしまうということがあるような気がしています。

山中:デザイナーが込める思いみたいなことと、例えば経産省が感性価値と言っている、極端に言うと、日本がこれから売っていくのはデザインしかないんじゃないかという視点もあって、従来の効率、あるいは性能で図れるような部分じゃないところをこれから売りにしていきましょうということと、今の村田さんのおっしゃっていることは関係はあると思うんだけど、ずっと感じるのは、従来の産業の枠組みではとらえにくい個人の意思、パーソナルな思い、デザイナーが持っているポリシーをどうやって商品価値として評価していくのかというのが、グッドデザイン賞の審査を通して考えさせられるところですね。性能みたいに客観的評価軸がないものであることは昔から分かっているんですけれども。

戸島:全然違う話なんですけれども、こういう世間が非常に厳しいときだからこそ笑顔で歩んでいきたいと思うんです。そのときにいろいろなものから力をいただくんだけれども、そのうちの1つが、審査を通して皆さんがお作りになっているものに触れるときですよね。苦労していて大変だけれども、作ったと伝わってくるものが目の前に来たときには、とても力づけられます。同じようなことを自分も社会に対して問うていかなければいかんのだろうなと思いますし、そのためには、まず自分たちを変にプライド付けするのはやめたいし、もう一回基本に戻りたい。盛田さんが、アメリカでソニーの製品を出すときにそんな会社は知らないと言われたとき言ったのは、どんな会社だって最初は無名だったじゃないという。そこの原点にもう一回立ち返ったほうがいいんじゃないかなと。

変にプライド、ブランディング、シェア、販売目標、数量とかいう前に、本当にこれは孫子の代まで作り続けられるものなのかどうかということも含めて、資源を消尽する者の責任として本当にいいんですかねということを問うていただきたいと思う。日々問うていらっしゃるのは重々承知の上で申し上げますけれども、そんな気がする。デザイナーの皆さんは、一番自分の中で解決しようともがいている職能とか職種の人だと僕は信じているので、つらい言い方をしましたけれども、いつもグッドデザイン賞に参加して思うのはそういうことです。信用している、信じているというところだと思います。この縁がなかったらグッドデザイン賞の審査委員なんか、本当に私がやる資格なんかないと思うんだけれども、信じているという情熱だけで1年に1度こさせていただいているものだと思っています。

■ 質疑応答

Q:カーナビの審査で、インターフェイスの評価の比重はどの程度なのかなど少し詳しく教えていただけませんか。

山中:カーナビの審査が難しいのは、実際にはGPSがつながっていないので、何らかのタスクを与えても審査会場ではちゃんと動かない。その中で、ソフトウエアをどうやって審査しているか。例に挙げようと思うのはパナソニックさんのカーナビです(08C14051、08C14052)。パナソニックさんは3年ぐらい前から、アイコンというか操作性に関して1つのきちんとした統一感を提案している。それは、オーディオ系を緑色、ナビ系をブルーに統一して、その中で、基本的には画面を左右に分離してスタートさせて、どちらかのモードに入るとその色調がずっと続く。つまり、ぱっと見た目で今オーディオにいるのか、ナビにいるのかが分かる。

具体的に言うと、例えばそういうソフトウエアに関する設計思想そのものです。ディテールである操作の画面遷移なども見てみたりはするんですが、一番大きなポイントはこういう設計思想そのものといえます。そういうことがきちんとなされていて、ユーザーに対する姿勢が明快だと思われるものに関して、比較的高く評価しています。

あと、ついでにアイリバーのナビ「iriver NV life」(08C14055)。ソフトウエアが非常に抑えた色彩の中で分かりやすくできている。残念ながら海外商品で日本語化されていないので、われわれも完全に使いこなせはしなかったのですが、審査会場で見られる範囲の階層に入っていく限りでは、非常に心地よくて分かりやすい操作感だと感じた。多分メーカーさんの参考にもなるんじゃないかと思って、この評価も比較的高かったということも一緒に伝えておきます。