2007年度受賞結果の概要

2007年度審査委員/審査講評

2007年度グッドデザイン賞審査講評

D. 新領域デザイン部門

赤池 学

科学技術ジャーナリスト


今年度の新領域デザイン部門は、改めて「新領域が意味するもの」の再定義の議論から、その審査が始まった。その結果、昨年度までこの部門で審査していたいくつかの対象領域を、他部門に移行することとなった。
第一は従来、総花的に受け入れていたエコデザイン系の案件を、各商品デザイン部門の審査に変更したことである。これは、環境対応がもはやあらゆるデザインの必要条件となった今、直言すれば遅きに失した対応と言えるかも知れない。
第二は、まちづくり系や新しいビジネスモデルに基づく住宅商品を、建築・環境デザイン部門による審査に切り替えたことである。住生活基盤のデザインは、もはや単なる建築やランドスケープに留まらず、パブリックスペースを活用したコミュニティプログラムの開発など、新領域的なデザイン発想が不可欠になり始めている。箱物としての建築デザインを超克する意味でも、この措置は極めて妥当なものだと考えている。
そして第三は、ソフトウエアのデザインが、新設されたコミュニケーションデザイン部門のソフトウエアを審査するデジタルメディアユニットにおいて、その評価を行うことになったことである。WEBデザインに留まらず、新しいOS開発をコミュニケーションデザインとして顕彰することも、今後進展するユビキタス社会の、重要なグランドデザインに結実していくことだろう。
この三つの審査対象の移設は、単なる審査システムの改変を意味するものではない。新領域デザイン部門のミッションが、従来、デザインの対象とは見なされてこなかった領域を発掘すること、新しい社会価値をもたらす実践をグッドデザインとしてエンカレッジすること、そしてそのコンセプトや思想を他のデザイン部門に提供することだと考えているからである。
こうした問題意識から、今年度の審査において注力したポイントが、科学技術などの知財を新しく、意義あるアプリケーションへと展開しようという、良質なリサーチデザインの探索と顕彰であった。研究開発の成果は、その唯一性を求められる必然から、その多くが「一個づくり」の試作品である。しかし、その中には、社会や未来や夢を確実にデザインする、大いなるインパクトを秘めた技術成果が確実に存在する。
今年度、金賞を受賞した産業技術総合研究所の「植物工場システム」は、遺伝子組み換え作物からの医療用物質生産を主目的に開発されたものである。こうした研究デザイン施設は将来、お米や蕎麦を剤型とするアレルギー改善物質のドラッグデリバリーシステムなど、欧米があっと驚く、日本発のファンキーな創薬デザインに結実するかもしれない。
また、ユニバーサルデザイン賞を受賞した「人工すい臓チップ」も、浸透圧チップを活用した、生体エネルギー利用のマイクロ糖尿病治療システムである。エネルギーフリーという環境対応、日本が誇るマイクロシステム技術の活用、そしてユニバーサルな患者への負担軽減を一挙に実現した研究成果が顕彰されたことで、同種の後続研究そのものをデザインしていくことにつながれば幸いである。先端材料、ロボット、宇宙、ライフサイエンス、そして持続可能な食の調達に貢献するリサーチデザインを今後、新領域デザイン部門では積極的に受け入れ、顕彰していきたいと考えている。
今年度から新領域デザイン部門が意識しているテーマが他に二つある。一つは、「カスタマイズド」「プライバタイジング」と呼ばれる個別志向対応のデザインの発掘である。その象徴に、中小企業庁長官特別賞を受賞した「入院患児のためのプレパレーション用絵本」がある。それは、これまでなおざりにされてきた疾病を抱える子どもたちのための、入院や手術内容を説明しようというメディアデザインである。コミュニケーションを含めたオーダーメードのシステム提案についても、次年度からの積極的な応募を期待している。
もう一つが、「感性価値」のデザインである。これまでも、意匠レベルにおいては、感性価値に基づくデザイン評価が行われてきたが、当部門としては、ビジネスモデルの発想そのものに、ユニークな感性がたたえられているデザイン提案をエンカレッジしたいと考えている。今後のビジネスモデルの精緻化を期待したいということで、惜しくも上位賞には至らなかったが、「馬付住宅」といった提案には、私たち審査委員も笑いと共に驚かされた。こうした「ファンキービジネス」のデザインについても、さらなる応募を期待したい。
実は、前段のリサーチデザインの多くは、生物や生体のデザインがそのベースに存在する。私流に言えば、それは「生ものづくり」だ。生物の機能性を活かしたものづくりは、持続可能なデザイン活動の大きな潮流になっていくと感じている。一方、感性価値に基づくカスタマイズド製品やファンキービジネスは、「粋ものづくり」と呼べるかも知れない。この二つの「いきものづくり」を今後、新領域デザイン部門は積極的に応援していきたい。(審査ユニット長 赤池 学)