2007年度受賞結果の概要

2007年度審査委員/審査講評

2007年度グッドデザイン賞審査講評

A. 商品デザイン部門
A12:公共、教育関連機器、設備等

森山 明子

デザインジャーナリスト


国鉄民営化20周年の今年、新型車両「N700系」の東京—大阪間の時間短縮は5分とわずかなものだった。高い評価を得たのは、新幹線車両に寄せられる期待を実現すべく全力を尽くした点にあるだろう。最速、最小、最軽量といったスペック競争ではなく、人の経験価値に訴えるデザインが共感を呼んだのだと思う。ヒット商品である「Wii」の魅力もハイスペックにあるのではなく、ゲーム器を頭脳から身体へ、個人から仲間・家族へと開いたことが大きい。このユニットはエンターテインメントおよび知育・教育関連、公共機器・セキュリティー関連に大別できるが、経験価値を重視することがユニット12の評価基準の最たるものだったのである。
ホビーあるいは教育・知育関連のカテゴリーには今年、愛すべき応募が幾つも寄せられて審査会場を湧かせた。「Wii」はその最たるものだったが、そればかりではない。たとえば、建築家であるホバーマン氏が開発したボール状のトイ「ホバーマン」であり、ワインのコルク栓の削り屑をやわらかく固めた「タイル」である。前者はサイエンスに裏付けられた意外な動きと鮮やかな色彩が魅力で、安価に入手できるジオメトリックアートと言える。後者はデッドスペースを快適なソファに変えてくれる優しさと抑えた色味が好ましい。いずれもデザイナーの自由な発想と造形力が商品に結実した好ましい事例だ。ユニバーサルでエコロジカルな物づくりに、このカテゴリーに必須なエモーショナルな要素が加わって、<エクセレント>と呼ぶことができるデザインだった。応募自体がハードルの高い観のあるホビー・教育・知育分野からの意欲的なデザインに敬意を表したい。
一方、一次審査、二次審査を通じて審査委員を悩ませたのは楽器である。初心者用からプロ用まで、形としてはスタンダードなものから斬新な試みのものまで、少なくない応募があった。従来の審査基準からすればあるいは受賞とすべきものが漏れたとの印象を与えるかもしれない。長い歴史を有する楽器だけに、音質、操作性に踏み込んで経験価値を判断することがむづかしく、何らかの新機軸の有無で評価せざるを得なかったのである。
公共分野の花形はここ数年、新型車両が占めている。2005年の新型車両の応募ラッシュ以来、公共交通の多様性とレベルアップを実感しており、案内サイン等も継続的に応募されているのが好ましい。人口の大都市集中がさらに加速するなか、利用者による選択の余地が少ない公共輸送機関のデザインは、一国のデザインのバロメーターと言ってもよく、他の分野への波及効果も大きい。その代表選手である新幹線車両には従来から、海外の高速鉄道車両と比較してのインテリアの向上を求める声があった。N700系はこのことに十分配慮した結果だ。また、文字サイズを大きくしマルチカラー表示となった案内表示板はよく見える、あるいは見えすぎると言うべきかもしれない。ユニット審査員全員が7月投入の新型車両に乗車し、こうした観点で十分に意見を交わした。近距離車両、地下鉄車両にとっても情報提供のあり方は変貌しており、その行方が注目される。
今年、多様な商品を含む公共機器・設備で残念な結果となったアイテムには自動販売機が挙げられる。自販機大国のわが国において、パブリックデザイン全体に対する自販機のデザインの重要性は言うまでもない。視界を遮らない低重心、静音、商品取り出し口アップといったユーザビリティーを軸に審査していたのだが、今回の応募作にはそうした点で迷いなく評価できるものが見当たらなかった。推薦制度なども活用し、市場にあるだろう優れた製品を掘り起こし評価する努力が、審査員に求められているのである。
セキュリティー分野に対する関心は、変わらず高まっている。キーカバー、カラーTVドアホン、ネットワークカメラ、指静脈認証装置、入退出管理用ID認証端末、火災報知器、LPガス集中監視システム、防犯システム、消火具など、応募は多彩でこのユニットの柱の一つであることは紛れもない。この分野の動向を知るべく、事務機器展に設けられたセキュリティーブースを複数の審査員で見て回ったりもした。求められるのは何といっても確かな機能である。緊急時に速やかに作動しながら、平常時には誤作動を起こさないこと。正確な認証を可能としながら、使用者に威圧的でないたたづまい。これは昨年のユニット講評でも記したことだが、今年の審査委員の共通認識と言っていい。安定した力量を示す大手企業によるネットワークカメラ等に加え、たとえば入退室管理用ID認証端末に新たなデザイン傾向が見られたことが収穫と考える。
 「ホバーマン」や「タイル」のみならず、社会を下支えするユニット12の応募作に経験豊かな社外デザイナーの名前が散見されたことは注目していい。「Wii」や「N700系」の応募を得たこのユニットのすそ野は広く、デザイナーの活躍がもっと期待されているのである。(審査ユニット長 森山 明子)