「科学技術立国日本」のスローガンが、21世紀の日本が目指す方向として政治の舞台に上がってきている。「21世紀は環境の時代」と言われる時の「地球市民」という概念と、「立国」と言うときの「日本国」という枠組との位相の差はあるにせよ、世界に対して日本が今後どのように参加していくかの一つの道筋として、科学技術を推進していくことに異議を唱える人は少ないだろう。
Science(自然科学)には大別して、Technology(工学)とEngineering(技術)がある。テクノロジーは科学を体系化する学問だとして、エンジニアリングは具体物ができてくるもの、モノが現実に生み出されることを前提としているのだと思う。
では、同じくモノを作り出しているはずの、私たちが関わるDesignとは何だろうか。特に、このグッドデザイン賞制度を半世紀にわたって支えてきたインダストリアル・デザインの世界では、エンジニアリングとの間で、長年緊張した共同作業が行われてきたはずで、それは決してエンジニアリングがつくり出すモノにDecoration(装飾)を施すといったものではない。
そのことを問い直しているのが、グッドデザイン賞の評価軸の再構成であり、対象分野の拡がりにもつながってきている。

デザインと設計の融合
今年の金賞・テーマ賞受賞商品で見てみると、そのほとんどが技術と造形の両面から高い解決策を得ているものだということがわかる。スクーターの「ヤマハ TMAX」、乗用車の日産「プリメーラ」、トヨタの「ソアラ」は言うまでもない。日本の技術力がここに結集している分野であり、そのなかでもこれらの商品はデザインが本来の役割を十全に果たし、人の心をエンターテインする魅力に溢れている。
ヒューマンなデザインの追求と見なされる分野においても、技術上のイノベーションをいかに人間化するかに成功した対象が上位賞を受賞した。まず今年創設されたコミュニケーション部門の「チャリティーコンサートSmall Fish」は、メディア・アートを活用して聴覚に障害を持つ人も音楽を演奏し、健常者とともにコンサートを楽しむものだ。同様に色認識装置「カラートーク」は視覚障害者のために、「ソフト・メカニカル・スーツ」は高齢者・障害者への運動能力支援として開発されている。
また、新しい機能価値を生み出したという点で、他国の追随を許さない優れた商品が数多く現れたのも今年の特徴と言えよう。INAXの「サティスシャワートイレ」は、タンクレスを実現した画期的なトイレだし、松下電器の「CF-28」はその堅牢性に絶対的な自信をもつパソコンだ。この他にも各産業分野で、いずれも高い技術によってもたらされた機能性を、デザインが無駄のない誠実で洗練された造形に結晶化させている。
そして今年度その白眉とされたのが、ヤマハの特設プール「水夢21」ではないだろうか。既存の施設に国際公認プールを短期に仮設できることで、大幅なコスト削減と再利用が可能となった。エコロジー、エコノミー、エネルギーの3大課題に挑戦し見事に商品化した力業は高く評価され、2001年度グッドデザイン大賞の選出にあたって、最後まで「せんだいメディアテーク」と評価を二分した。

プロのデザイナーの視点
言うまでもないことだが、製品の技術開発の過程でAかBかという判断の岐路に立たされる時がある。そのAかBかを誰がどう判断するのか、その根拠は。マリオ・ベリーニ氏は「イプシロン」を発表してから発売まで4年かけている。新素材の開発を始め、徹底した実験の繰返し、技術との格闘を諦めないプロの姿勢が優れた商品を生み出す。
グッドデザイン・プレゼンテーションの来場者によるアンケートでも高い投票率を得た以下の3点は、いずれもプロのデザイナーの役割を再認識させるものだった。B&Oのオーディオ「BeoSound 1」の洗練は際立っている。デザインマネージメント賞を受賞した「ミューテック」、「近未来油圧ショベル」も、ともにカタチにこだわり、魅力ある造形をつくり出すデザイナー本来の役割が十二分に発揮されたものだ。
また、一般に技術陣に先行されてしまうと思われがちなインハウスのデザイナーたちも、実はデザインのこだわりをきちんと商品に具現化している。東芝の女性デザイナーによる「電磁調理器」はその好例と言えよう。

技術を動機づけるのがデザインの使命
そのプロの職能として、今とりわけ求められているのは、形態性、機能性、社会性をトータルに判断し、向かうべきイメージを提示する能力だと思う。ともに エコロジーデザイン賞受賞となった「Re-食器」と「ガラス再資源化ネットワーク」は、産学民のコラボレーションによっている。循環型社会に向けてのシステム構築には、多分野にわたる協力が必須だが、デザインの力によってそれらの動きに求心力を持たせることは、今の社会から要請されているデザインの重要な役割の一つだろう。
今年度の大賞を受賞した「せんだいメディアテーク」は、鉄のプレートとチューブという高度に人工的な空間でありながら、市民が樹木の間に憩うようなリラックスした空間をつくり上げることに成功した。この成功は、構造や設備といったハード面に運営システムやメディア環境といったソフト面を加えたエンジニアリング全体に対して、建築家伊東豊雄氏がその卓抜な感性によって強い動機を与えられたことによると思う。
これからの日本に問われるのは、実は技術そのものではなくて、このようにエンジニアリングにイメージを孕ませ、何かを生み出す情熱を湧き立たせることなのだろう。そこにデザインの今日の使命があると感じる。