新領域デザイン部門。この部門は応募者のみならず、我々審査委員やGマークという制度にとっても、つねに挑戦を強いられるカテゴリーであるといえる。従来のデザインの概念を一変させるような、斬新な仕組みや試みにまで審査の視野を広げ、毎回「この時代のデザインとは?」という問いを持ちつづける必要がある。
本年度は、新領域デザイン部門最初の年であった昨年にも引けをとらない、秀逸な応募内容であった。大賞候補6件の一つにもなった金賞のNIKE iD、エコロジーデザイン賞のガラス再資源化ネットワーク、ユニバーサルデザイン賞のソフト・メカニカル・スーツ、デザインマネージメント賞の近未来油圧ショベル、メディアデザイン賞の世界ウルルン滞在記と、この部門からは5件が特別賞に選出された。これだけ特徴のある様々な賞を与えられたことは、それだけデザインの領域が多岐にわたっている時代を表していると思う。新領域であるから「なんでもあり」では決してない。今年度応募されたものを俯瞰してみても、この時代を象徴する斬新なアイデアと明確なビジネススタイルに裏打ちされたものが多く見られた。特に環境、リサイクルといった現実的な話題に真剣に取り組んでいるものが多く、これはあえて門戸を狭めることなく、新しい血を入れようとしたGマークにとっても、未来を感じさせるという点で喜ばしいことだと感じている。
この部門の審査対象を見ていると、他の部門にはない独特で重要なキーワードが浮かび上がる。それは「進化」だ。たとえばNIKE iDはシューズのパターンが当初180通りの組合わせでスタートしたが、現在では18万通りもの組合わせへと1,000倍の進化を遂げ、いまなお進化している。7月に審査した段階からもさらに、賞が与えられたとき、そして今この瞬間も絶えず進化し、新しい何かを身に纏っている。これは今までのデザイン、モノづくりにとっては特異な、決定的に新しい要素である。つねに進化し、変わりつづけていくデザイン。これこそが次の時代の新しい産業の萌芽となっていくのではないだろうか。

しかしながら、経済や産業はますます低迷の色合いを深めている。Gマークの根本的な考え方の一つである「モノづくり」が今まさに薄れていこうとしているのである。そのような時代のなかで、既存の土俵で勝負するだけが戦略ではない、という力がこの新領域デザイン部門の中からは感じられる。新しいアイデアを高度なマネージングや仕組みを用いて、新しいビジネススタイルとして定着させていける。これはまさに社会文化のデザインと言えるであろう。
そして特にバーチャルな部分で忘れてはならないことは、一見華やかな表面からは見えにくい、バックボーンを支える、言うなれば泥臭い地道な部分までもしっかりとマネージメントができているかという点である。上述のNIKE iDなどは、商品のクオリティに厳しい日本の消費者に対応するために、インターネットで注文されたオリジナリティの高い個々の製品を一品ずつ水際でチェックし、ブランドの価値を落とすことの無いよう、細心の注意と努力を惜しまない。そのリアリティの部分とバーチャルの融合があってこそ、試み全体がデザインされたと言えるのではないだろうか。
また、特別賞を一つずつ見ると、各々が正に「新領域デザイン」を切り開いていることがわかる。
エコロジーデザイン賞に輝いたクリスタルクレイの「ガラス再資源化ネットワーク」は、単なるリサイクル運動ではない。廃棄ガラスを核として資源循環の環を広げる新しいスタイルの「リサイクル」を実現している。その一貫性のあるプロセスデザインと、新しいリサイクルシステムの構築という点が高く評価された。デザインにおいてエコロジーやリサイクルという概念が当たり前となった昨今、このような一歩進んだ取り組みが今後の社会に多く芽生えることを期待させられる。
立命館大学の「ソフト・メカニカル・スーツ」はユニバーサルデザイン賞を受賞したが、これは文字通り人間とテクノロジーの「ソフト」な繋がりを実現した。ロボティクスにおける近年見られる日本の技術の成果は著しいが、この「ソフト・メカニカル・スーツ」は人間が装着することによってその技術精度の高さを発揮する。また、高齢者・障害者をはじめ使用者を限定することなく、運動補助、トレーニング、果てはバーチャルリアリティなど多様な機能を兼ね備えており、ロボットテクノロジーとヒトの新たな関係を垣間見ることができる。
さらに、今年度はこの部門から2つの「審査委員長特別賞」が送り出された。小松製作所の「近未来油圧ショベル」と、毎日放送とテレビマン・ユニオンの「世界ウルルン滞在記」である。「近未来油圧ショベル」は、油圧ショベルのコンセプトモデル開発を中心とし、建機メーカーとデザイン事業所によるデザインマネージメントが高く評価され、「デザインマネージメント賞」に輝いた。メーカーの培ってきた技術をデザイン事業所のマネージメントにより最大限に活かし、メーカーの未来像のプロモーションに成功している。一方、「世界ウルルン滞在記」は、日本人レポーターが外国のホームステイ先に飛び込み、そこで体験し感じたことを伝えるという有名なテレビ番組である。なぜテレビ番組にGマークが?という疑問を持たれる方も多いだろう。しかし、一見普遍的なこのバラエティー番組の裏には、異文化を伝えることによって世界の中の日本のありようを考えるきっかけをもたらすという、きわめて新しいメディアのデザインが存在する。この点が高く評価され、「メディアデザイン賞」の受賞へと至った。

これらの受賞対象を見てわかるように、この新領域デザイン部門ではデザインという言葉の意味の多様化を認識させられる。今後もこの部門がジャンルを問わず、様々なテーマを取り上げることで、日本でもデザインという言葉がもっと広義に使われるようになるのではないか。生活や人生、未来をデザインするという新しい感覚のすばらしさを伝えていくことがこの部門の使命であるとも感じている。
新領域デザイン部門はもはや実験的な試みではない。この部門を通じて、Gマークが新しい時代のデザインから未来への繋がりを指し示すことができればと切に願っている。